緋の希望絵画 | ナノ

▽ 彼は少年でいる・3







大浴場にやって来た私は脱衣場を見回す。
誰もいない……ただ、見覚えのある制服が丁寧に畳まれて置かれていた。

「これって……石丸くんの、制服?」

大和田くんと苗木くんの制服はない。
……セレスさんは確かに三人が大浴場に行ったと言っていたけれど。
騙された?……まさか。

「……大和田くん!いるー!?」

私は扉越しに浴場に向かって叫んでみた。
大和田くんがいないとしても、石丸くんはいるだろう。制服があるのだから。……石丸くんが出てきてくれるかは微妙なところだが。そんな、裸で異性の前に出るとかって神経してなさそうだもんな、彼。

「その声って、戸叶さん……?」
「えっ……あっ!苗木くん……!」

浴場の扉が開いて顔を出したのは苗木くんだ。
苗木くんは私を不思議そうな顔をして見てきたが、私は私で彼を不思議な目で見た。
苗木くんは何故か制服を来たまま浴場にいたらしい。湿気を吸ったのか、服も髪もどこか重みを持っている。

「……何してるの?」
「……はは、何してるんだろうね……」

苗木くんは哀愁感漂わせる表情でやれやれと肩を揺らす。

「大和田クンを捜してるの?」
「うん……ていうか、セレスさんがね、大和田くんと石丸くんと苗木くんが大浴場に行ったって言うから……何か、心配で……嫌な予感したって言うか……」

すると苗木くんは私を手招きして、浴場の中へ入るようにと諭した。
そして彼が私を導いたのは、浴場の一番奥の扉の前だった。
……サウナってやつだろうか?銭湯とかにはよくあるし……。

「この向こうって……サウナ?」
「うん。サウナだよ。……扉に耳、当ててごらん」
「……うん?」

私は扉に耳を当てて、耳を澄ませる。
聞こえてきたのは、大和田くんと石丸くんの声だった。

「そ、そろそろ……諦めはら……ほうだ?」
「テメェこそ……ろれつが回ってねーぞ……」
「ま、何を言ふ……僕はまだまだ余裕ひゃよ。むしろ逆に……寒くなってきたくらいひゃ……」
「ヤベーじゃねーか……それ……」

そこで私は扉から耳を離す。

「……」

何て言ったらいいんだろう。
何を言えばいいんだろう。
一応考えてはみたものの、やはり言うべきはこれだと思う。

「何バカなことやってんの?」
「……うーん……実は、」

困り顔で苗木くんは、大和田くんと石丸くんの今の状況について説明してくれた。

どうやら小腹がすいた苗木くんは、食堂へと訪れたらしい。
食堂へ行った時には既に大和田くんと石丸くんは睨み合い言い争い……苗木くんは嫌な予感がしたらしい。
しかし、逃げる間もなく「勝負の立会人をやれ」と言われてしまったらしい。
勝負というのは、単純明快な勝負……殴り合いとかではなく、『どちらが長くサウナでガマン出来るか』というものらしい。
何故かハンデとして大和田くんは服を着たままサウナ耐久。通りで、脱衣場に石丸くんの制服しかない訳だ……。

大丈夫なのか?という苗木くんの心配をよそに……勝負は1時間が経過したらしい。

苗木くんからその説明を受けた私は再度この言葉を呟く。

「……バカだね」

なんてくだらないんだ……。
巻き込まれた苗木くんが哀れでならない。
その苗木くんは扉の向こうに言葉を投げかけている。

「あ、あのさ、二人とも……いつまでも意地の張り合いしてないで……そろそろ……いいんじゃない?」
「「うるさいッ!!」」

……大和田くんと石丸くんに同時に一喝され、苗木くんは深く深くため息をつく。
その表情は「どうなっても知らないぞ」と呆れていた。

「ごめんね……苗木くん……」
「え……な、何で戸叶さんが謝るの?」
「いや……なんとなく……大和田くんの代わりに、謝らせて……」

1時間もこの茶番に付き合っているのだ。
苗木くんのお人好しさには感服する。

『キーン、コーン……カーン、コーン』
『えー、校内放送でーす。午後10時になりました。ただいまより夜時間になります。間もなく食堂はドアをロックされますので、立ち入り禁止となりま〜す。ではでは、いい夢を。おやすみなさい……』

突如流れた夜時間を告げる放送に、私はああ……と落胆する。
こんなくだらないことを心配してしまったせいで、私はごはんが食べられなかった……。
私……今日何も食べてないし何も飲んでないよ……。

「……ねぇ、聞いた?もう夜時間だしさ、勝負は引き分けって事で……」

苗木くんは二人にそう訴えるが、そんなことで引き上げる二人ではないだろうと私は苦笑する。
現にとっくに限界だろうに、石丸くんは強気に返してきた。

「勝負に……引き分けなど存在しなひッ!勝つか負けるか……ほれだけが大事なのひゃッ!!」

呂律が回ってないから格好がつかないよ……石丸くん。

「テメぇ……言ったな……言っちゃったなぁ!!じょーとーだぁ……じ、地獄の果てまで……付き合ってやんよッ!」

私は頭痛を感じて頭を押さえつけた。
救いようのないバカだ、こいつら……!!
チラッと苗木くんの顔を見てみれば、「そんなトコまで付き合えるか!」と書かれていた。
苗木くんがとうとう扉を開けて大和田くんと石丸くんに訴える。

「あ……あのさっ、悪いけど……」
「ああ、オメェは部屋に戻ってろ!!」

大和田くんはそう言うが、当然だ。
苗木くんは1時間も付き合ったんだ……そろそろ解放されたってバチは当たらないだろう。私だったら10分で逃げるのに……彼は偉い。

「け、結果は……明日の朝に教えてやる……そこでお前は……俺の伝説を語り継ぐ事になる……」
「明日の朝を……楽しみにしててくれたまへ。この不良が……僕の足元にひざまずいている所を……お、お見せひよう……」
「よ、よく言うぜ……今にも限界って顔してるクセによ……」
「そ、それは君の方はろうッ!!」

まだまだ元気な大和田くんと石丸くんに無言のまま、苗木くんは扉を閉める。

「じゃあ……おやすみ……」

今まで付き合った苗木くんの苦労が本当に哀れだ。
苗木くんは疲れたサラリーマンのような顔で、私に軽く微笑む。……何だかよく分からないが、泣けてきた。

「戸叶さんは、どうするの?」
「……私は……」

このまま見捨てるのもいいかもしれないが……。

「心配だから、この茶番を見届けることにしようかな」

少し、この後の展開が気になるし。

「……そっか。それじゃ……おやすみ、戸叶さん」
「うん。おやすみなさい。……ごめんね、苗木くん」

とぼとぼと歩く苗木くんの背中には涙を誘われる。
大和田くんと石丸くんはいつまで意地の張り合いをするつもりなんだろう……扉に寄り添うように背中を付けて、耳を傾ける。


prev / next

[ back to top ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -