▽ 彼は少年でいる・2
私は泣きながら目を覚ました。
涙が乾燥したところから空気中のゴミがついたのか、痛みを感じてまた涙が出る。
泣くなと言ったって、無理だろうそんなの。
何だかんだで私はいつも泣いている。
大体人間なんてものは涙腺を切り落とさない限り涙が流れるものだ。
「あ〜……なんで大亜にぃの夢なんて見たんだ……」
悲しいやら空しいやら様々な感情が混ざり合う。汚い色だなと思う。でも嫌いじゃない。
「……私が大和田くんを頼るようになったのって、大亜にぃが死んでからだったっけ……」
別に、大和田くんが大亜にぃの代わりという訳じゃない。
むしろ代わりと言うのなら、それは大きく違う。
大和田くんと大亜にぃはまるで違うのだ。どう違うと聞かれると言い澱んでしまうのだが、全然違う。
んー……。
大亜にぃには、甘える。
大和田くんは、頼る。
そんな違いだけじゃないが、明白な違いはこれだ。
ああ……そうだ。
兄は「泣いていい」と言ってくれるのに、弟は「泣くな」と言うその心理把握の違い……。
「……あやし方知らないだけかもしんないけどさ」
大亜にぃが死んだ直後でこそ、私が泣けば「泣くな」と言ってきたが、今はそうではなくなった。
私は大和田くんや那由多にぃの姿を捉えれば基本的に泣き止む仕組みになった。「泣くな」「泣くな」……そう言い続けられた条件反射なのだろう。きっと。
「……それにしても、よく寝たなぁ……」
本当によく寝た。
髪はボサボサだし、布団は熱い。
頭もぼやーっとしていて、ベッドから出ると、私はいきなりすっ転んだ。
「…………いたい」
膝をさすりながら、私は部屋にかけられている時計を見た。
「……くじ……さんじゅう……」
私の目が一気に覚める。
「9時39分っ!?」
それって、夜の!?夜時間手前じゃん!!
まさか、まだ朝ってことはないだろう。
私が部屋に戻ってベッドに潜り込んだのが確か8時半ちょい過ぎ頃……。
この体のだるさ加減と布団の温さを考えれば、絶対に一時間ちょっとの睡眠ではありえない……つまり、この9時39分は21時の39分になるということになる訳だ。
いくらなんでも寝過ぎ……爆睡だったのか、私……。
「まさか……大和田くん、待ってないよね……?」
大和田くんバカだから……食堂で待ってたらどうしよう……。
真っ青になる私と心重くなる気持ちとは裏腹に、お腹が盛大に切なげな悲鳴を鳴らす。腹だけに……なんてくだらないこと考えてる場合じゃない。
私今日何も食べてないじゃん。何か食べよ……夜時間になったら食堂閉まっちゃうもんね……。
そして私は食堂へ向かうため、部屋を出た。
「あら……?戸叶さん」
「……セ、セレス、さん……」
部屋を出てみれば、すぐ目の前にセレスさんが現れる。
歩いていて、丁度私の部屋の前に差し掛かったところで私が扉を開けてしまったのだろう。セレスさんが私に用があって私の部屋の前にいるとは考えにくかった。
「こんな時間にどこへ行かれるのですか?もうすぐ夜時間ですが」
「あ、あの……おなかが、えと……すいちゃって……食堂に、い、行こうかなって……」
「でしたら、早く行かれた方がよろしいですね。ロックが掛けられてしまいます」
「う、うん……。と、ところでさ……セ、セレスさん、は……その……な、何してる、の……?」
先日見たセレスさんの本性の事を考えると、どうしてもたどたどしい口調になってしまう。
怖いとか不安とか、そんな感情ばかりが私の中を埋め尽くす。
「わたくしは少々散歩に」
「……そ、そう」
深い事は考えない事にした。
無闇にツッコんであの本性のセレスさんが出てこられたらイヤだったから。
「それじゃ、私、行くから……」
早々に立ち去るのが正解だと信じて疑わなかった私は、セレスさんに背を向けて歩き出そうとした。
「あ、そうそう……だいぶ前に、大和田君と石丸君と苗木君が大浴場に向かって行きましたが。あれは何の騒ぎでしょうね?ピリピリとした空気でしたけど」
「…………え?」
思わず振り返る。
セレスさんの優雅な笑顔が目に入った。
「まぁ、わたくしには関係ありませんわね。では……ご機嫌よう」
今度はセレスさんが私に背を向けて歩き出す。
特に詳しい説明はされず、私はぽつんと残される……。
「……」
私はその足を、食堂ではなく大浴場の方へと向けた。
冷や汗が背中を伝い、嫌な予感が全身を駆け巡り―――私は走り出していた。
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