▽ 上辺の偽善・2
……と、私たちがセレスさんの本性に戦々恐々としていたところで、食堂のドアが開け放たれた。
そして、ようやく待ち人はやって来た…………のだが。
「おい、諸君!妙な事態になったぞ……!」
「へ?どうしたん?」
石丸くんは十神白夜を迎えに行ったはずなのに、彼は一人だった。
「十神くんが部屋から出て来ないんだ……何度インターホンを押しても、まったく出て来ないんだ……」
「居留守、じゃなくて?」
「だったら……いいのだが……ひょっとして、彼の身に何かあったのではないかと……」
何か。
その言葉が意味するもの……それ以上は言わなくても、その場の誰もが理解しているようだった。
さやかちゃんの顔色が変わったのが、離れていても分かった。
「さ、捜してみた方がいいかもね……みんなで手分けして……」
「言っておくが、僕もそう提案しようと思ってたんだッ!」
「こんな時に、妙な対抗意識を燃やしてんじゃないわよ……」
「じゃあ、私はもう1度、あいつの部屋に行ってみるね。反応あるまで、しつこくインターホン押してみるよ」
「では、残った我らで手分けして捜すとしよう……」
「実際、手遅れになる前に……だろ?」
「……」
とにかく……急いで、十神くんを捜さないとな。
十神くんが行きそうな場所……彼の性格を考えると、もしかしたら、また学校の二階とか調べてる可能性も……。
「流火、行くぞ」
「あっ……」
手首を引っ張られ、私は強制的に食堂を退場となった。
そして大和田くんがやって来たのは、大浴場……だった。
「チッ、どこ行きやがったんだ……空気を読まねーアイツの事だ。のんきに朝から風呂でも入ってんじゃねーかと思ったんだがな……」
十神くんの朝風呂……というのが私には想像できない。
彼って、日常生活の印象がまったくないもの。
「君は……朝風呂好きだもんね」
「おぅ、いいぜェ、一晩中バイクで風を切った後の朝風呂はよォ!冷えた体に染み渡る熱さと、魂に凝った熱さが身と心を揺さぶる……!」
「……私にはちょっと分からないかな」
「あぁん?んだよ、つまんねーな……。でもよ、いいもんだぞ。今度バイク乗せてやっから、試してみろよ。……な?」
「……うん」
……ここにいる限りバイクで走るのは無理だと思うけど。
「二階行ってみるか」
「あ、うん……って、いつまで掴んでるの?手首」
「あ?だってよ、何かあったかもしんねーんだろ?だったら、こうしてた方が安全だろ」
「……あ、そう」
別に、私は平気なのに。
―――『戸叶さん、』
―――『見張って起きなさい』
「……ッ」
霧切さんの言葉を思い出し、寒気がした。
心臓が嫌にドクドク言って、うるさい。
「大和田くん、手繋ぐのがいい。手首痛い」
「そうか?……んじゃ、手繋いどくか」
「うんっ……」
それでも私は、大和田くんに引きずられるように進んでいた。
地に足がついていない気がしたんだ。
私も。大和田くんも。
「……」
大和田くんを斜め後ろから見上げてみるが、色の乱れは見られない。
やはり私の考えすぎと霧切さんの見当違い。
安堵感を覚えて、私は胸のつっかえがとれた気がした。
あとは、十神くんなんだが……。
二階に行って、私たちはその声を聞いた。
「十神クンッ…!?」
……今のは。
「苗木くんの声?」
「図書室だな……!」
そして、急いで図書室に向かえば……そいつはいた。
椅子に座り、電気スタンドを机に置いて……悠々と本を読んでいた。
「十神くん!こんな所にいたのかッ!」
「心配したのだぞ……」
石丸くんと大神さんがそう声をかけるにも関わらず、彼はこちらを見る気もないようで。
本から目を逸らすことはなかった。
「心配される筋合いなどない。本を読んでいただけだ。この手の低俗な小説は、今まで読んだ事もなかったが、今後は何かの役に立つかもしれんからな……」
「何を……読んでたのさ?」
「推理小説だ」
その解答に私は言葉を詰まらせる。
「も、もしや……そのトリックを使うつもりじゃ……?」
私も山田くんと同じことを思った。
「バカを言うな」
「……そうだよね」
十神くんは否定した。
しかし、その否定してくれた希望もすぐに砕かれることになった。
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