▽ 記憶の中で笑う・1
白は嫌い。
病院が嫌いだから。
「へぇ。流火は絵が上手なんだなぁ」
でも、あなたには白がよく似合う。
病室に来てくれるあなたに、病院の清潔な白はよく栄えた。
だから私は、白を好きになろうと思った。
「もっといろいろ描いてみろよ。もっと流火の絵が見てみたいなぁ」
あなたがそう言って笑うから、私は絵を描いた。
あなたは私と、私の描いた絵を褒めてくれる。
私は、あなたの為に絵を描いた。
あなたの笑顔を見るために。
私が、褒められるために。
「……できたっ」
「おっ、また描いたのか。オレにも見せてよ」
「……那由多くんと紋土くんはあとで!最初に見せるのは、大亜にぃなの!」
那由多にぃと大和田くんのブーイングもどうでもよかった。
だって……だってだってだって。
大好きな大好きな大亜にぃが私を褒めてくれるんだから。
「うん、上手だな。流火の絵だ」
「……えへへ〜」
絵を描くことでしか、あなたに褒められる術を知らなかった。
それが、問題だというわけじゃあないけれど。
「アニキー!」
「おっ、紋土!お前、またケンカで勝ったんだって?強いなぁ〜!」
……遠慮なしに頭を掻き撫でられる大和田くんに、ちょっと嫉妬したりもするわけだった。
「あっ、流火また絵かいたのか!」
「……ん。ただの、けしき、だけど」
「すげぇな!すげぇよ、流火!おれ、全然絵のことわかんねーけど、流火の絵は好きだなぁ〜!」
そんな大和田くんは、今とまったく違った弾んだ声で、私の絵を褒め殺していた。
私はすごく恥ずかしくて、いつも俯いてしまっていた記憶がある。俯いていたか、那由多にぃのうしろに隠れるかだ。
「なぁ、つぎはなんの絵かくんだ?」
「えっ……え。……な、なんだろ?」
大亜にぃ以外にも、私の描く絵を褒めてくれる人は増えた。
最初は良かった。大和田くんや那由多にぃや、その友達やらだけだったから。
いつのまにか。
いつの間にか。
私が最初に絵を見せる人間は、大亜にぃではなくなっていた。
大嫌いな白い色は、栄えない。
だから私は塗りつぶすことにした。
私の描く絵に、『白』は存在しなくなった。
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