▽ ほんとう天使だね・2
私はさらに彼女に聞く。
「ねぇ、不二咲さんは今はどんなプログラムを作ってるの?やっぱり、すごいの?」
「うーんとねぇ……今はまだ研究段階なんだけど…前に話した自動応答システムも流用したちょっと複雑なプログラムなんだ。だけど、詳しくは話せないんだよ……研究費を出してもらってる企業さんとの契約もあって…」
んー……盗まれたりしたら大変だから?とか?
「戸叶さんを信じてない訳じゃないんだけど……でも、約束だから……ご、ごめんね」
「ううん、いいよ。話せないような事を聞いた私の方が悪いから」
「あ、でも……ちょっとだけヒントを言うくらいなら、多分、大丈夫だから……。アルファベットでAI、かな……」
ヒントはAI……?
……せっかくヒントを出して貰ったのに、全然分からないな……。
「えっと……ごめん。わからない、かな……」
「あ……えっと……んと……人工知能って言うんだけど、分からない?」
……答えを言ったらしいけど、いいのかな?彼女……。
……まぁ、私に話したところで問題ないって思ったのかも。
彼女が話してくれる内容を理解できるかどうかすらも、正直危うい。
「あのね、今開発してるのは、今までになかったような人工知能で……ちゃんと人間と同じ思考回路で、人間の仕事をこなせるような強いAIなんだ……」
「強いAI……?」
「人工知能研究の分野では、強いAIと弱いAIって問題があってね……弱いAIは人間的な認知能力を必要としない程度の問題解決を行うソフトウェアの事だよ。機械自体が本当に思考している訳じゃなくてプログラムに従って処理しているだけって事……一方の強いAIって言うのは、真の自意識や自我を持つコンピューターの事だよ。強いAIの観点からすると、正しいプログラムは精神を持つって事になるんだけど…でも、その考えに否定的な学者も、少なくないんだよ……」
……だ、大丈夫。
まだ、ギリギリついていってる。
理解できてる。難しいけど、大丈夫……。
「……それを不二咲さんが作ってるの?」
「今は、まだまだ研究段階だけどね。人間並の知識や知能を持つプログラミングに関しては、かなり進んでると思うけど……自我や自意識となると、まだまだ先……もしかしたら、ずっと完成しないかもしれない……」
「え、そうなの……?」
「なんて言うか……変な話になっちゃうんだけどさ……どんなにプログラムを優秀にして、複雑にしても……人間の脳モデルのシミュレーションが可能なほどのハードウェアやソフトウェアがあったとしても……それだけじゃ足りないと思うんだよ。いくら人間の思考に近いプログラムが出来たとしても、それだけじゃ決定的に足りない物があると思うんだ」
「……?」
「なんて言うか……魂みたいな何か、かな……もし、自分の魂をプログラムに込める事が出来たら、その人工知能は強いAIになるかもしれないけど……」
「た、魂……?」
「うん、よくわかんないし……それに、プログラマーが言う言葉じゃないよね……ごめんね。今の言葉は忘れて。とにかく、今はまだ研究段階で、どっちにしろ、この程度の事しか話せないんだ……」
申し訳なさそうに不二咲さんは目を伏せる。
人工知能……私にはちょっと難しかったけど、でも……。
「ごめんね、ペラペラと話しちゃって……!退屈、だったよね……?」
「ううん、とんでもない!君の話、すっごく面白かった!」
私には未知なことだから、すごく楽しかった。
私の様子を見て、不二咲さんが安心したようにはにかんで笑った。
「そっかぁ……よかったぁ……」
その笑顔が本当に愛らしい。
色もキレイだし……とっても、可愛い。
私は自分の顔が少し熱くなっているのが分かった。
さやかちゃんの時も少し思ったけど……こういう、女の子女の子してるのって、私本当に免疫がないんだなぁ……。
「あ、あの……」
「え…えっ?な、なにっ?」
「つ、次は、戸叶さんの話を聞かせて欲しいなぁって……」
「い、いや、私の話なんて…君と違って、本当に退屈なだけだし……」
「ダメなの!今度は戸叶さんの番なの!」
「わ、わかった……」
「へへっ……やった!」
……彼女のお願いを無碍にできるのは、本当に心のない人間やプログラムくらいだと思った。
「え、えっと……な、何が聞きたいの?」
「戸叶さんが……絵を描き始めた理由、とかかな!」
私が、絵を描き始めた理由……。
そこではっとする。
私こそ、実にくだらない理由だなと。
「んー……えーと……好きな人が、いたんだ。子供の頃」
「す、好きな人?」
不二咲さんが目を見開く。少し驚いているみたいだ。
私は私で、恥ずかしくなりながら記憶を呼び起こす。
「好きっていっても、今考えればただの憧れっていうかさ……」
「だ、誰?お、大和田くんとか?」
「……あはは。あれはない」
惜しいけれど。
「大和田くんじゃなくって、大和田くんのお兄ちゃん。……大和田大亜。大亜にぃって呼んでたんだけど、一応、初恋?みたいなもんなのかなぁ……でもなぁ……」
と、本筋がブレる。
「大亜にぃがね、私の描いた絵を見て、すっごく笑ってくれたんだ……笑って、撫でてくれて……絵を描けば、いつもそれをやってくれた。その笑顔が見たくて、私、絵を描き続けたの」
最初はそれだけだ。
自分の為に絵を描いた。
そうしている内に、周りの大人たちは勝手に騒ぎ出し、現在に至る。
「まぁ、結局私自身も絵を描くのが好きだったんだけどさ」
「い、今は……?」
「?」
「今は、その……好きな、人……あの……」
不二咲さんは消え入りそうな声で、「いるの?」と聞いた。
好きな人がいるかって?……いませんって話だ。
「ご縁がないからね……いないなぁ」
「そ、そうなんだぁ」
不二咲さんの声が少し弾む。
……不二咲さんこそ、彼氏とかいないんだろうか?
これだけ可愛いんだ。男は放っておかないだろう。
私が男なら放っておかない。
「戸叶さんも、人に喜ばれるのが嬉しくって絵を描いてるんだねぇ」
「……そうでもないけどね。特に、今は……何の為に描いてるとか……」
「えっ?」
「あ……な、何でもない」
「そう?」
「うん」
不二咲さんは不思議そうにしていたが、深く詮索することはしなかった。
そして彼女は、恥ずかしそうにもじもじして、私をじっと見て。
「あ……あのさぁ、戸叶さん!」
両手を握って、何故か力んでいる。
不二咲さんの様子に、私まで何故か緊張してしまう。
「そ……その……流火ちゃんって、呼んでも、いい……!?」
「……はっ?」
「ま、舞園さんが、戸叶さんのこと流火ちゃんって呼んでて……それ、いいなぁって思って……」
不二咲さんの顔は真っ赤だ。
私はというと、力が抜けて、思わず吹き出してしまった。
「戸叶……さん?」
「そんなの、別に許可とらなくていいのに。いいよ。好きに呼んでもらって」
「あ……ありがとう!……流火ちゃん!」
ああ、ちょっとくすぐったい……。
でも、いいなぁ、こういうのも……。
那由多にぃとか、大亜にぃにも今の私の状況、見せてあげたい。
……絶対、喜んでくれるもん。これは確実に。
「そ、それじゃ、流火ちゃん!もっとお話しない?もちろん、流火ちゃんが良ければ、なんだけど……」
断る理由なんてない。
「構わないよ。何話そうか」
私も、楽しい。
私自身が、喜んでる。
だから、私や大和田くんのことを自分のことのように思ってくれてるあの2人が。
喜ばないはずないんだ。
prev /
next