緋の希望絵画 | ナノ

▽ 探している答え・4


「……ねっ、霧切さん!」

モノクマが、短い足でステップを踏みながら、戦刃さんの傍から今度は霧切さんの側へと移動する。
霧切さんは氷のような鋭い目つきのまま聞き役に徹していたが、モノクマに声をかけられたことで、その瞳が揺れた。
確かに霧切さんは、この学園の謎を解き明かすことにやけに執着していた。
それは、黒幕を追い詰める為だと思っていたのだが、この雰囲気から察するにどうやらそれだけじゃないらしい。

『霧切さんもさ、才能に取り憑かれた人間なら分かるよね?あー、まあ霧切さんは入学からだいぶイレギュラーな感じだったんだけど……。でもあんたも結局その職業に、才能に取り憑かれて、学園の謎を解き明かそうとしてたでしょ、ねぇ、分かる?あんたの才能』

霧切さんは、モノクマを睨みつけている。
彼女はわりといつも鋭い瞳だが、微かに怒っている時の色は分かりやすい。苛立ちだったり、不機嫌だったり。冷静沈着の中にも、炎みたいにゆらゆら揺れる色を感じる時がある。

「もう既に、思い出しているわ。……なんて、つい最近思い出したのだけど」

霧切さんには、記憶が無いと言っていた。
戦刃さんや江ノ島さんの話から見ても、私たちのように2年間の記憶を奪われた訳じゃないだろう。
彼女には、自分の才能の記憶すらない。
それがようやく、やっと、明かされた。

「超高校級の探偵。それが、私でしょう」

ピースがピッタリとはまるような音がした。
不思議と驚きはなく、ああ、似合うな、なんて呑気なことを考えてしまった。
しかし、けれど、だから、それが、問題ということだろう。
才能は、私たちからしてみれば呪いだ。
それに一途になって生きてきた人間は、それを簡単に切り離すことが出来ない。
己が変化することによって世界は開けても、変化することが難しいのだから、だから、人は簡単には変われないのだ。

「そう!超高校級の探偵!うぷぷぷぷ、探偵ともなれば、やっぱり真実を解き明かしたいでしょ?」
「……」

霧切さんは何も答えない。
否定も肯定もしないのは、つまりそういうことだ。

『真実はひとつ!なんて言うけどさ。でも、知らなきゃ方が良かったって真実は、確かにこの世に存在するのよ。知らなきゃ良かったってなるような絶望的な真実がね。世界が終わってる、なんて真実よりも、もう一度記憶を消したくなるような真実を知っちゃった時、オマエラはどうするのかしらね。……楽しみにしてるわ』

もう一度記憶を消したくなるような真実。
それが、江ノ島さんの狙いなのだろう。
そう思わせることで、絶望に投票させようという魂胆だ。
……絶対にそんなことはない、なんて、保証はない。悲しいことに。
そういうものは、結局乗り越えていくしかないから。
学園調査中だとか、学級裁判中だとかでは、乗り越える為の時間も足りない。その場の感情に囚われて、正常な判断が出来なくなる。
丁度、モノクマが私たちに配った動機のように。

『ピンポンパンポーン……』
『校内の全ての鍵が解放されました!』
『一定の自由時間の後、“学級裁判”を開きまーす!』

死体が発見された時とは少し違う、アレンジされた校内放送。

「……えっと」

静まり返った私たちの重たい空気を変えるように、さやかちゃんが小さく口を開く。

「とにかく、この学園の謎を解き明かしながら脱出方法も見つけましょう!超高校級の探偵さんがいるなら、百人力です!ね、霧切さ……ってどこ行くんですか霧切さん!?」

一致団結を願うようなさやかちゃんの言葉も意に介さず、霧切さんは何事も無かったかのように保健室を出て行こうとする。
相変わらずの言葉足らずに、相変わらずの単独行動っぷりだ。
学園長室を調べた時のように、今も周りを頼る時のような気がするが、霧切さんはこちらを見ようとはしない。

「ごめんなさい、ちょっと独りで調べたい事があるの。……すぐに済むわ」
「どこに行くのだ?」
「寄宿舎の2階よ」
「寄宿舎の2階なら……!私も一緒に行くっ、まだ調べ切れてないところが……」
「独りで行くから。あなたはあなたで調べて」
「霧切さんに振られた!大和田くん!」
「おー振られろ振られろ」

霧切さんは、別に私たちのことを信用していないという訳では無いと思う。信用していないというのであれば、それこそ学園長室を調べる際に手伝いを要請してこなかっただろうし、今回の作戦でも私にマスターキーを渡したりなんてしなかっただろう。その間だけは、確かに私は霧切さんの助手になれていたはずだ。
今の霧切さんは、なんというか、ムキになっているようで。
表情と雰囲気はいつも通りに見えるのだけれど、どうにも、子供っぽさがある。まるで、父親に反抗する年頃の娘のような冷めた雰囲気。

「でも……霧切さん、寄宿舎2階のどこに行くのぉ……?」

不二咲くんの質問に対して、彼女は顔だけでこちらを振り向いた。
薄桃色に色付いた唇は、強い声音を吐き出した。

「“学園長”の所、よ」

その言葉で呆気に取られる私たちを置いて、霧切さんはとうとう振り返ることなく、保健室を出ていってしまう。
取り残された私たちは顔を見合わせ、そして、戸惑いの色を残したまま立ち尽くしていた。

prev / next

[ back to top ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -