緋の希望絵画 | ナノ

▽ 探している答え・2


何故だろう。頭がズキズキと割れそうになって、頭の皮膚が破れそうになって、しかし、その痛みに呼応するように、ひとつの記憶が戻ってくる。

戦刃さんが、記憶のどこかで、2人きりで立っている。

それは、空白の2年間の、どこかの記憶だろうか。

いいや、もっと近い。
今に近い記憶。

風景は、シェルター化したこの学園の、教室の一室。プロジェクターや、よく分からない機械が並んでいる、そこは視聴覚室だ。

そこで私は、彼女に話しかけられた。

「……お疲れ様、戸叶さん」
「あ、お疲れさま!戦刃さんっ!大神さんと大和田くんと一緒にパトロールに回ってたんだっけ?ありがとうね」
「……う、ううん。私には、戦うことくらいしか出来ないから」

パトロール。
そうだ、学園をシェルター化したものの、世界を絶望に貶めた絶望の徒がここを襲いに来る可能性は高い。世界に残った希望の象徴を、何がなんでも消したいと思っているから。
その為に、戦闘能力が私たちよりも高い戦刃さんや大神さん、大和田くんは定期的に校内を回っておかしなものがないか、襲撃される気配がないかを確認してくれている。戦闘能力で言えば翔さんもずば抜けて高いのだけれど、彼女は気分屋なのと腐川さんが嫌がるのとでなかなかそのパトロールには参加していなかった。

「……戦うことしか出来ない、から、今、困ってるんだけどね」

戦刃さんは何か浮かない顔をしている。
小さくため息をついて、右手の甲に描かれた狼のタトゥーを左手の指先で軽く撫でた。

「……きっと、このパトロールもいつかは要らなくなる。私たちは、次代への希望を紡いでいく事になる。そうしたら、えっと、私の「超高校級の軍人」っていう才能は、要らないものだから……困ってるの」
「ああ、それ、なんとなく分かる!自分にはこれしかないって思ってる才能だもんね。私もずっと絵しか描いてこなかったから分かるよ、多分これからも、絵を描いていくと思うんだけど……、戦刃さんは自分の才能が発揮できるような場所がなくなっちゃいそうで不安ってことだよね?」

こくこく、と戦刃さんは何故か申し訳なさそうに頷く。そんな申し訳なさそうにする必要は無いのに。
才能を認められて希望ヶ峰学園に入学した私たちだ。
どうしても、才能に取り憑かれてしまう。
才能と人生と人格は深く繋がっていて、それは固結びのようにキツくキツく締められていて、なかなか解けない。
私は絵だからまだいい。紙とペンがあれば、何だって描ける。
戦刃さんのように、広い地域で活躍する軍人や。
大和田くんのように、走り屋として自由にバイクを乗り回している暴走族や。
「外」でこそ発揮される才能はシェルター化した学園では淘汰されていく。

「私、子供の頃からずっと同じ夢ばかり追いかけてきたから……それが無くなっちゃうのが、少しだけ怖いの。自分が変わってしまいそうで。このままでいいのかなとは思いながらも、そう簡単には人は変われないというか……そうやって、避けてきちゃったからね」

ずっと自分はこうして生きていくのだと信じて生きてきたのだろう。
大抵の人間はそうだと思う。
世界の終わりなんて誰も想像しないから。
世界が終わったのなら、そんな時こそ脅威から守る力として戦闘能力が必要となるだろうけれど、それも永遠ではない。争いはいけない、というのは綺麗事かもしれないけれど、少なくとも必要でなくなる時はいつか来てしまう。今、シェルター化した学園の中で守られているように。

「んー、簡単には変われないし、変わるのも怖いかもしれないけど……変わるのは、悪くないって、那由多にぃが言ってたよ」

だから私のアドバイスなんて、役には立たないかもしれない。そもそもこれは私ではなく、兄から与えられた知恵だ。

「変わる瞬間は怖くても、変わったら世界が開けるから、恐怖なんか埋もれちゃうんだって」

どこかで、私は同じことを彼女に伝えた気がする。
そう、確か。
このコロシアイ学園生活が始まったばかりの時に、彼女とふたりきりになった際に似たような話をした。

「戦刃さんの色は、なんというか不思議な色で……白と黒を混ぜたような灰色なんだけどね」
「灰色……どちらかには、なれないってこと?」
「んー、どうだろう?灰色って、調合が結構広いんだ。少し黒を混ぜても、少し白を混ぜても、こう、なかなか色が変わらない。どちらかを多くして、ようやくどちらかの色に傾くの」

あの時の江ノ島さんは、戦刃さんだったのだと私は気がつく。
記憶をなくして、同じことを彼女に伝えてしまっていた。

きっとこの記憶でも、彼女は別に自分の才能について思い悩んでいる訳ではなかったのだろう。
きっと、希望か絶望か。
自分の立ち位置を迷っていたのだと思う。
この時から、迷っていたんだろう。

「だから、これから決めていけばいいよ。幸い、時間なら沢山あるよ」
「……ん、そう、だね」

能天気に笑う私と、曖昧に笑う戦刃さん。
本当は時間なんて、少しだって無かったのに。

「……戸叶さん。戸叶……流火さん」
「うん?」
「……流火さん」

悲しみを映した、曇り空のような瞳が私を捉える。

「ごめんなさい。許してね」
「え、」

それってどういう意味、と。言いたかったけれど、言えなかった。
その謝罪の理由を聞くことは叶わなかった。
次の瞬間には、私は戦刃さんの鮮やかな手刀により、気を失った。

その後の記憶は、自然と繋がっている。

この学園で私が最初に眠りから覚めた場所。視聴覚室。
始まりだと思っていた場所は、2年間の空白を経ていた場所だった。

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