緋の希望絵画 | ナノ

▽ 箱庭の少女・2





那由多にぃは、よく私に絵本を読んでくれた。
画家であったらしい母が、私と那由多にぃの為だけに作ってくれた、オリジナルの絵本を。
繊細な色づかい。緻密な表現。独創的な構図。
私はその絵本が大好きだった。
今でもよく手に取っている。
画家として必要なものすべてが、その絵本には詰め込まれていた。言うなれば、教科書みたいなものか。

「むかーし、むかし、あるところに……」

出だしはありがち。
どこでも見かける昔と云う始まり。

「とある国がありました。そこでは個性豊かな住人たちが、それはもうたくさん暮らしていたのです」

とある国。個性豊かな住人。
このあたりも、まぁ童話ではあるかもしれない設定。

「その国では、古くからの言い伝えがありました。その国に暮らす者たちは、その国に住み続ければ、永遠の幸せを手にすることができると言われていました」

ここ。
この部分が、ただ唯一、私は嫌いだった。
その国に住み続ければとか。
永遠の幸せとか。
それって、言い方を変えてしまえば、この国以外に幸せはないってことでしょう。

「それを信じた少女は、その国にずっと住んでいました。そして、運命の出会いをしたのです」
「おうじさま?」
「うーん……そんな感じかな。少年だけど、まぁ、王子様みたいなもんか」

主人公の少女が運命の出会いをする。
その国で得た幸福。
少女は、ずっとこの幸福が続けばいいと思った。
この国にいれば、永遠の幸せが手に入ると盲信した。
少女は国に留まった。

「しかし少女は、国を出てしまいました。もう少しで永遠の幸せが手に入るというのに、少女は少年と共に、国から逃げ出したのです」
「なんで?」
「……国から得られる永遠の幸せよりも、ずっと大切なものがあるって気付いたからだよ。きっと」
「なぁに、それ?」
「なんだろうね」

那由多にぃは優しく微笑んで、絵本を閉じる。
絵本はここで終わっている。
この絵本は描き終わっていないのだ。残りのページは真っ白のまま。
母さんは、この絵本を完成させることなく、この世を去ったから。
那由多にぃは読み終わると、決まって私に問う。

「流火は、この後、少女と少年はどうしたんだと思う?」

そして、私の答えもいつも決まっていた。

「わかんない」

今でも、分からないんだ。
もう少しで永遠の幸せが手に入るのなら、それでいいだろうに。
永遠の幸せの為に、ずっと国にいたはずなのに。
少女と少年が国から逃げた理由は、どうしても分からない。
物語の先は、まったく分からない。

「……これがあの人の最後の作品なんて。笑えなすぎて、笑えるな」
「那由多くん、へんなこというね?」
「……落ちこぼれの画家は、こんな価値も付けられないような物しか遺せない」
「那由多くん?」
「流火。願うことならお前が、永遠の幸せを得られる国になんか、行かないように……」

那由多にぃは、母さんが遺した絵本を嫌っていた。
母さんが、嫌いだった。
母さんの描いた絵を全て捨ててしまって、未完成の絵本だけ残される。
『希望の国』と名付けられた、絵本だけがここに在る。

prev / next

[ back to top ]


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -