▽ 夢主・小ネタ(通信簿そのB)
戸叶さんはいつも通り。
いつも通り唐突だった。
「苗木くんってさ、兄弟とかいるの?」
しかし、彼女から声をかけてくれて、そしてごくごく普通の質問をしてくれたということは、ボクに慣れてきているということなのだろう。
彼女は徐々にだが、ちゃんと心を開いてくれている。
「妹がいるよ」
「……妹。ってことは、苗木くんって、お兄ちゃんなんだ!へぇ、全然見えない!」
正直に言葉を発してくれるようになったのは嬉しいが、戸叶さんは悪気も悪意もなく純粋にこういうことを言うので、タチが悪い……。
「やっぱり、妹さん、心配?」
「うん……まあ、しっかりしてるし大丈夫だとは思うけど、心配はするよね」
「……そりゃそっか」
「戸叶さんも、兄弟がいたよね?お兄さんだっけ?」
「うん、“那由多くん”がいる」
戸叶さんの表情は、何かを憂いているようだった。
戸叶さんも戸叶さんで心配なのだろう、那由多くんという、そのお兄さんが。
「……大和田くんみたく過保護じゃないけど、大和田くん以上に心配性だから……、そこが心配。暴走族のグループ使って何かやらかすんじゃないかって、すごく心配」
何かが何なのかは……聞かないでおこう……。
「……え、えっと、会いたい?お兄さんに」
「会いたいよ」
即答だった。
少し、意外だ。
こう言ってしまってはあれだが、戸叶さんはどこかで一線引いている気がして、お兄さんはその一線を引かれた存在だと思っていた。
年頃の娘が父親に反抗するのと同じように。
しかし、そうではないらしい。
「私、那由多くんのこと大好きだから」
「あ……そ、そう」
……以前より仲良くなってきているのは確かだが、やはり戸叶さんはよく分からない。
戸叶さんがお兄さん大好きっ子だとは、思わなかった。
「那由多くんは、お兄ちゃんだけど、私の親でもあるから……何て言うんだろう。大事な人……うん、何よりも」
しかし、彼女の環境を考えれば、すぐに分かることだった。
両親を亡くした彼女にとっては、お兄さんが唯一の家族で縋りつける場所なんだろう。
血縁関係というそれと、長年共に過ごしてきた絆が……戸叶さんのお兄さんへの絶対的信頼を生み出している。
きっとそこには、幼なじみの彼ですら、入り込めないのかもしれない。
「那由多くんの言うことには結構素直なんだ、私。那由多くんが『画家を辞めろ』って言ったら……迷わず辞められるかもしれない……」
「……戸叶さん?」
「あはは……変な話しちゃった。ごめんね、忘れたかったら忘れていいよ―――ここから出て、妹さんに会えるといいね。私も会ってみたいなー」
戸叶さんは、「じゃあね」と手を振ると背を向けて歩き出す。
ボクは彼女を追いかけなかった。
それよりも、彼女のあの……『迷わず画家を辞められる』と言った不思議な表情に、妙な違和感を覚えずにはいられなかった。
――――――――――
【獲得情報】
兄『那由多』は大事で大好きな人。
那由多が「画家を辞めろ」と言うのなら、その才能すら捨てられるらしい。
【獲得スキル】
SPポイント+1
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