▽ それは甘美だけど・3
食堂に入ると、酸味と辛味とお焦げみたいないい匂いがした。
誰かいるのかな。食堂、だもんね。人が集まりやすい場所だもんね。
「……あっ、ギョーザ!おいしそう!」
い、いや。そんじゃない。
「ご、ごめんなさい。……あっ、苗木くんと舞園さん!」
「言い直さなくていいよ、戸叶さん……」
苗木くんが苦笑する。
食堂のテーブルには、いくつかの料理が並べられていて、苗木くんと舞園さんが向かい合って座っていた。
……苗木くんと、舞園さん。
すごく、違和感のある組み合わせ……。
「おい、何で苗木が舞園ちゃんと食事してんだよ!」
桑田くんが早速食いついた。
苗木くんは困った顔をしていて、舞園さんが代わりに答える。
「さっきまで苗木くんと一緒に学園を調査していたんです。私は苗木くんの助手ですから!」
「……助手?」
「い、いや、うん、まぁ……そうかな……?」
国民的アイドルを助手にするとか、苗木くんって、一体……。
「舞園さんとは、中学が同じだったんだ。だから、その縁で一緒に行動してたんだけど……」
「……へー、知り合いだったんだ?」
「知り合い……ではないかな。中学の頃から舞園さんは高嶺の花だったし、話したことはなかったよ」
「……じゃあ、なして……?」
「私が苗木くんに興味を持っていたからですよ」
すると、舞園さんは思い出話でもするように目を瞑り、微笑んだ。
「中学の時、苗木くん、校内に迷いこんだ鶴を逃がしてあげたんです。みんなも先生たちも戸惑っている中で、苗木くんが……。私、すごいなぁって思って、ずっと苗木くんと話したいって思ってたんです」
学校に迷いこんだ鶴を、逃がした……。
……ダメだ。苗木くんが鶴を抱えてジタバタしている姿しか思い付かない。情けない姿しか出てこない。
「でも、すごいね、苗木くん。優しいんだ」
「ええ、苗木くんは私が思っていた通りの人です。裏表のない、優しい人」
「そ、そんなこと……」
「ふふっ、そんなことあります」
照れる苗木くんと、楽しそうに笑う舞園さん。
……私たち、お邪魔かな?
「あっ、すみません。お邪魔じゃないですよ。戸叶さんたちもご飯食べに来たんですもんね。一緒に食べましょう?」
…………えっ?
「わっ、私、今、声に出してたっ!?」
「エスパーですから」
「……」
「冗談ですよ?ただの勘、です」
にこり。愛らしく笑う。
勘って、鋭すぎるよ……。
「で、流火。なに食うんだよ」
「……だから、おにぎりだってばー。作ってよー。おなかすいたのー」
「冷凍でいいか?」
「ええーっ、それなら私が作ってくる!」
大和田くんが私の肩を掴んだ。
舞園さんの隣の椅子を引いて、私を無理矢理座らせる。
「俺が作ってくる。だから座ってろ……大人しく座ってろ……!動くな!まずお前は厨房に入るなッ!!」
「……なんか突っかかる」
「お前は料理なんかしないでいいッ!!」
「……どーゆー意味ですか」
と言っている間に、大和田くんは厨房の方に行ってしまう。
今からでも追いかけようか。
なんだかこの場、居づらいし。桑田くんから微妙な殺気を感じるし。
「大和田くん、必死な顔でしたね……。戸叶さん、料理、苦手なんですか?」
「そんなことないよ。自信ある」
「なら、過保護なんですね。包丁さばきが危ないとか」
「むー……納得いかない……」
たっぷり愛情はこもってる。
だって、愛情さえ入れば、とりあえず料理でしょ?
見た目が悪くたって味が悪くたって、自然と美味しく感じるって那由多にぃが泣きながら言ってた。
「……このギョーザとかは、舞園さんが作ったの?」
「ええ。自信作はラー油です」
「……調味料……えっ、手作り?」
「はい」
……調味料って、作れるんだ。
「すごいね」と言おうと思って、私は桑田くんにちょっと目を向ける。
「……」
彼は不機嫌そうだった……。
舞園さん狙いなのかな、苗木くんに敵意がビシビシと……。
「……あー、桑田、くん」
とにかく、この空気やだ。
変えよう。
できるだけ明るい方に。
「桑田くん、ミュージシャン目指すんでしょ?どんなジャンルの音楽やるの?」
「パンクだよ」
えっと、パンクロック?
なんか、やかましい感じの……?
「えっ、桑田クン、ミュージシャンになるの?野球はっ?」
苗木くんも舞園さんも、桑田くんがミュージシャンになると言っていることに対して驚いていた。
「野球とかどうでもいいんだって。何回言わせんだよ。パンクで世界のテッペン獲りたいんだよオレは!だってさ、パンクなら歌が上手くなくても平気っぽくね?」
平気……ではないと思う。
「……」
……?
なんか……舞園さん……今……?
……今、色が、燻んだ……?
「野球よりミュージシャンの方が華やかじゃん?てかさ!思ったんだけどアイドルとミュージシャンって話が合うと思わね?舞園ちゃん、良かったら今度お茶でもー、なんて!」
「……ええ。機会があればまた食堂で」
……。
気のせい?
舞園さんの色に、影がかかった気がするけど……。
でも、もう普通に、さっきみたいに笑ってるし、全部、何もなかったみたいに戻ってる……。
私の、気のせいだったのかな……?
いや、でも、確かに……。
「流火!ちょっと来い!」
厨房の方から、大和田くんの声。
「……厨房に入るなって、君言った!」
「いいから来やがれ!運ぶのくらい手伝え!」
「……はーいっ」
厨房に、入る。
……私は、なんとなく、本当になんとなーく、食堂を見回した。
包丁を、見る。
セットになってる。
大小揃って、5本―――。
「おい、流火っ?」
「……わっ、な、なに?」
「何じゃねーよ。運ぶの手伝えってば。……なんか気になるものでもあったのか?」
「……んー、ない、かな」
何もない。
何かあるはずがないもの。
―――なんで私、包丁なんて気になったんだろ。
「あれっ、桑田くんの分はっ?」
「……あー、作った方がよかったか?」
「いらないかな?」
「いらねーだろ」
さりげなく、なんてもんじゃない。
大胆に私たちは酷いことを言いながら厨房を出た。
大和田くんは、私に厨房に入るなって言ったけど。
私も、ちょっともう、入りたくない、かも。
……なんとなく、だけどさ。
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