緋の希望絵画 | ナノ

▽ もういいや・3




大和田くんはそれを何でもないように受け止めて、枕を元の場所に戻した。
こういうところで、男女の差とか態度の差を感じる。
大和田くんもかなり子供っぽいが、今の行動は私の方が子供っぽく、それが更に自己嫌悪に私を導いた。

「……私は君が好きだよ。一緒にいて、誰より落ち着く、君と一緒にいたい」
「……」

俯いて、消え入りそうな声でそう言った私に対し、大和田くんは口元を緩ませた。
非常に穏やかな表情をする大和田くんは私の頭を撫で始める。
乱暴ではなかった。
壊れものを扱うように、ゆっくりと優しく、撫でられる。
頭の頂点から肩までしかない髪をなぞるように何度撫でられて、くすぐったい。

「もう十分だ」

大和田くんの目をみると、「十分」というより「満足」という表現が合っているんじゃないかと思った。

「俺も流火が好きだ。ずっと、ずっと、ずっと、好きだ。ガキの頃から、流火だけ見て生きていた」

私の告白には恥ずかしそうにしていたくせに、彼自身がその言葉を呟くのはちっとも恥ずかしそうではなかった。
照れも何もなく、ただ真剣に、長年の想いを成就させるように。
大和田くんは私の耳元に自分の口を寄せた。
よくよく感じればそれはただ彼の口が私の耳元に寄せられたというだけではなく……私は抱きしめられたようだ。
彼の何もかもが、私の近くにある。
彼の通常より早い鼓動が伝わって、何だ、彼も案外余裕がないんだなと思って、安心する。

「流火、」
「うん?」
「流火!」
「うん」
「好きだ……ずっと、好きだった」
「……うん」

私は自分の額を目の前の大和田くんの肩に寄せた。
どうすればいいのか分からなくて、私たちはしばらくこの体勢のままでいた。
しかしこれでは大和田くんが辛いかなと思った私はふと身を離す。

「え、えっと……これで、その……私たちって、両想い……で、いいの、かな……?」
「両想ッ……!?おまっ、んなハッキリと……!!」
「だ、だって……えっと、重要なこと、だよ……?」
「もう少しこの余韻に浸っててもいいだろうがッ!?確認しなくたって、俺とお前はコイビトっつーやつでいいんだろッ!?」
「こ、こいびと……」

見事に言い慣れていない言葉。
更に自分とは無縁だと思っていた言葉。

「……ふふっ、なんか、くすぐったい」

今までは馬鹿馬鹿しい、なんて思ったものだが、悪いもんじゃないと思えた。
自然と笑みがこぼれた。

「じゃあ、改めてよろしく……なのかな?今までもずっと一緒だったのに、そういうのも何だか変だね」
「これからもよろしく、だろ!」
「……そだね、よろしく、だね。大和田くん」
「……名前じゃ呼ばねーのか」
「……名前がいいの?」
「や……流火なら、何でもいい。そりゃ名前だと、嬉しいけどな」
「そっか」

私は大和田くんに笑いかける。
大和田くんは、ようやく照れた。
どこを見ていればいいのか分からないとでも言うように、そっぽを向いて。

「……悪かったな、流火」
「ん?何?」
「……色々だよ。ちゃんと謝ってなかった」
「……いっぱいありすぎてどれに謝られているのか分からないな」
「このッ……人が素直に謝りゃそういう……ッ!!」
「そういう?」
「……クソがッ」

もう、どうしようもない。
こんな他愛のないやりとりですら幸せで。
甘くて、砂でも吐きそうになるのに。
中毒にでもなったかのように、この生温い温度に浸かっていたい―――。

「好きだ、大和田くん」
「……おう」

大和田くんと、微笑みを交わす。
本当にどうにかなりそうな程、幸せだった。
時が止まる魔法にかかったような、そんな幻。

しかし、魔法とか幻とか。
そういうものは結局、夢のように覚めてしまうものだ。

「―――ちょっ……みんな、……押さないでよッ……特に石丸クンと不二咲クン……ッ!!」
「てか何で苗木が1番前なんだよ、そこ代われよ……!」
「ボクがちっさいからって前に押し出したのみんなじゃないか……ッ!!」
「苗木君、桑田君。騒がしいですわよ。それでは流火にバレてしまったらどうするおつもり?」

……魔法の解け方が、いくらなんでも現実的だ。

「……大和田くん、どうしようか?」

どうせ男子にはとっ捕まえてシメる、とでも言うのだろうが―――と思ったが、そうではなかった。

「……見せつけてやればいいんじゃねーのか?」
「えっ、それ……」

どういう意味、と聞くことは出来なかった。

「ひゃッ……!?」

汚れを拭き取られただけで放置されていた傷口に、何ともいえない感触が伝った。

「な、なななななな……!?」
「……鉄の味だな……やっぱ」

大和田くんが顔をしかめる。
その言葉からも間違いなく、今のは舐められた。
舌が伝う感触……当然初めてな訳で、何ともいえない訳だ。

「お、大和田くん……」
「んだよ」

大和田くんはただ笑っている。
これから喧嘩に行く、もしくは喧嘩を終えた後のように。
得意気に笑っていた。

その笑みを見て、少し選択を誤っただろうかなんて思ってしまったが、不思議と後悔はない。
あるはずがない。

保健室になだれ込んで来た仲間たちの姿を見ながら、私は照れて、大和田くんと同じように笑うことしかできなかった。

そして、思うのだ。

こんなにたくさん色が溢れる世界で。

私は彼を額縁に入れることを選んだのだと。

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