緋の希望絵画 | ナノ

▽ もういいや・1




「流火」

誰もいない保健室の静寂に、大和田くんの低い声がよく響いた。
とても落ち着いた声で、いつもはこれがすごく怒っている時の声だったりするのだけれど、怒っている感じではない。
大和田くんの紫色の瞳は揺れていて、心配されているのだとよく分かる。

「そこのベッド、座ってろ」
「うん……って、君、本当に手当てなんてできるの?」
「兄貴がケガした時によく手当てしたし、俺がケガした時は兄貴や那由多に手当てされてたしな」
「そっか。うん、そうだ。君やおにぃら、よくケガしてたね」

ヘラヘラと笑いながら、私は奥のベッドに腰掛けた。
大和田くんは救急箱の中から適当なものを手慣れた動作で取っていた。
その横顔を見つめて、私はだらしなく口元を緩める。

「……なんつー顔してんだお前は。気持ち悪ィな」
「あっ、酷いなぁ。君だけを見つめていたのに」
「……アホか」

大和田くんは困った顔をして笑う。
私が大好きな大和田くんの表情だった。
ずっと見ていられる、幸せの顔。
平和ボケしているような感覚に陥る。

「私、大和田くんのその顔好きだ」

正直に伝えると、彼は驚いたように目を大きく見開いた。
「何の冗談を……」とでも言いたかったのだろうが、私があまりに真剣に彼を見つめるものだから言葉に詰まったのかもしれない。
大和田くんは黙り続けている。
どうすればいいのか対処法が分からないとでも言うように。

「……私、大和田くんが好きだよ」
「どっ―――」

どういう意味で。
大和田くんはそう言いたかったのだろうが、その声は震えていて上手く言葉になっていない。
よく見れば大和田自身も小さく震えていて、何だかすごく弱い生き物のように見えた。
実際、弱いのかもしれない。
私の解答によっては、簡単にその心を粉々に出来てしまうくらい、今の大和田くんは弱いのかもしれない。

「……」

私のハッキリとした答えを求めているくせに、ハッキリとした答えを聞くのは怖がっている。
しかし大和田くんのそんな幼気な恐怖心なんか、今の私には関係ない。
言ってやらなければ、気が済まない。
いつまでもこんな感情を1人で抱え込むなんて私には無理だ。
だから、私はハッキリとした答えを言ってやった。

「君が好きなんだよ。君が特別なんだ。君と一生一緒にいたいくらいに、私は君を特別に思っているんだ」

私の正直な想いだった。
……果たしてこれが、『告白』というものになるのか、私には分からない。
でも、想いを伝えている時点でそれは告白だろうという結論を付けた。

「私は画家だから、描くのが仕事だから……だからその、みんなのことだって描くけどさ、えっと、君のことも描くんだけどさ……」

告白だと結論付けた途端、なんだか一気に恥ずかしくなってきた。
熱が顔に集まるのが分かる。
ああ、顔まで赤くなったらいよいよ私は全身赤くなるんじゃないかとすごくくだらないことを考えながら、私は口を開く。
先ほどの饒舌とは変わって、拙い言葉になった。

「君は……その。君を描いたら……ええと……―――額縁に入れたいんだ」

言ってしまった後で私はすごく恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。
しかし、直後聞こえた喧しい音に驚いて顔を上げる。

「……大和田くん?」

見ると大和田くんはその場にしゃがみこんで左手で頭を抱えていた。
彼の周りには直前で落としたと思われる医療用品が散らばる。

「お、大和田くんってば……どうしたの……?」
「だっ……だってよ、流火ッ、お前……ッ」

顔を上げた大和田くんは笑っていた。
目の端を薄く赤らめながら、目を細め。
それはもう楽しそうに幸せそうに笑っていた。

「な、なんで笑ってるの……!私真剣なのに……!」
「真剣だから尚更笑えるんだろーが!なんだよ、額縁に入れたいって……ッ!!」

ククッと大和田くんが笑う。
こっちは真剣なのにとふてくされてしまう。

「あー、悪い悪い。笑わねぇから、んな顔すんなよ……くくっ……」
「笑ってるじゃんか!」

私だけが、振り回されているみたいだ。
面白くない。
そう思うが、しかし大和田くんにも余裕がないことくらい、私にだって分かった。
私の告白のようなものにひたすら笑った後の彼は、また困ったように笑う。
それは、彼もどうしたらいいか分からないというのを分かりやすく私に教えた。

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