緋の希望絵画 | ナノ

▽ 遠く渡れず落ちた・2




私たちは廊下を少し進んで……そこで会った。
私の名を呼んだ声の主、想像通り、苗木くんに。
苗木くんは私たち……いや、私の姿を見ると一気に脱力して、廊下の床にへたり込んでしまった。
急いで走ってきたのかもしれない。
苗木くんは息が上がって、咳込んでいる。

「……苗木君。何があったの?戸叶さんが、どうしたの?」

状況が普通ではないと即判断した霧切さんはしゃがみ、苗木くんと目線を合わせる。
苗木くんは苗木くんで、早く伝えなければという思いと疲労を回復したいという思いがせめぎ合っているのか、何か言いたそうにしながら言葉が出ていなかった。
しかし最終的には、早く伝えるという思いが勝ったようだ。

「戸叶さん……ッ、早く……娯楽室に―――大和田クンがッ!!」

纏まった言葉ではなかった。
何を伝えたいのか、ハッキリとしたことは分からない、継ぎ接ぎの言葉。

でも、それだけでも十分だった。

早く。
娯楽室。
大和田くん。

それだけで、私がそこへ向かうのは簡単なことだった。

「あ……流火ちゃん……!?」

不二咲くんの声を聞いて、私は自分が走り出していることに気が付く。
ハッとしても、止まろうとは思わなかった。
だって、苗木くんが早くって言ったから。
それなら早く、向かわなきゃ。
娯楽室に、大和田くんがいるのなら―――。

階段を駆け下りた私は急いで娯楽室へと向かった。
娯楽室が近付いて、見えてきたものに気付き、私は走っていた足に急ブレーキをかける。

「流火ちゃん……!」

娯楽室の前には、みんながいた。
厳密に言えば、ほとんどという意味でのみんな。
そのみんなの中で、誰より早く私の存在に気が付いたのはさやかちゃんだった。
さやかちゃんは私の姿を見るなり真っ青になって私に駆け寄る。

「流火ちゃん……あ、あの……」
「大和田くんは?」
「え……」
「大和田くん、何があったの?娯楽室、いるんでしょ?」

さやかちゃんは何故か非常に言い辛そうな顔をしていた。
状況を早く知りたい私は答えを待つのを止めて、再び歩を進めた。
みんなは娯楽室の前から退き、私がすんなり入れるように道ができた。
何が起きてるのか……そう口に出すよりも早く、私の瞳は何が起きているのかを捉えた。

「……大和田くん?」

娯楽室の中の様子を見た私は混乱する。

「あっ……戸叶ちゃん!?ほら、大和田!戸叶ちゃん来たよッ!頑張ってよ、死んじゃダメだってッ!!」

力なく床に沈み込んでいる大和田くんと、その大和田くんを支えている朝日奈さんと大神さん。
大和田くんは苦しそうに咳込んでいて、それが先程の苗木くんの咳込み具合とは違うのは明らかだった。
とにかく苦しそう……だ。
今にも死ぬんじゃないかってくらいの、苦しんでいる様。

「……大和田くんッ!?」

私は大和田くんの側に落ちていたドクロマークのラベルが貼られた瓶を見て、悟る。
急いで大和田くんの正面へ向かい、私は床にひざついた。

「大和田くん!」
「あっ……?あぁ……流火、か?」

下を向いていた大和田くんが顔を上げる。
そこで私は久しぶりに大和田くんと目が合った。
それがなんとなく、本当に何でか悲しくなって、無性に泣きたくなった。
大和田くんも、なんだか泣きそうだ。
ただそれは咳込んでいる苦しさから、瞳に涙の薄い膜が張っているだけなのだろう。
彼は久しぶりに目が合ったという感動で泣くような男でないから。

「戸叶よ……落ち着いて聞いてほしいのだが……」
「大神さ……っ、大神さん!?」

落ち着いて聞いてほしい―――素直に首を縦には振れなかった。
大和田くんより、大神さんの状態の方が私には深刻に思えてしまったからだ。
大神さんはケガをしている、それも酷いケガ。
頭部から赤い血を流して……早く保健室に連れて行った方が良いのではないだろうか。

「お、大神さんっ……!?そのケガ……!?」
「そんな事よりも……真面目な話なのだ。聞いてくれ」

それは、私だけではなく他のみんなにも向けられた言葉だと感じた。
大神さんが私だけではなく朝日奈さんや大和田くん、他のみんなにも視線を送っていたからだ。

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