▽ それは甘美だけど・1
『キーン、コーン……カーン、コーン』
『オマエラ、おはようございます!7時になりました。起床時間ですよ〜!さぁ、今日も張り切っていきましょう〜!』
憎たらしい声を聞いて、私はむくりと起き上がった。
「……んんー……」
……あー……なんか、朝、みたい……。
窓、ないから分かんないけど……。
「夢、じゃないのかー……」
ぼんやりして呟く。
閉鎖感たっぷりな殺風景な部屋。見慣れている私の部屋じゃない。
昨日のことが現実だということを私に突きつけてくる。
さて、今日はこれからどうしようかな……。
なーんて、考えたところで、大和田くんの所に行く以外、選択肢なんてないんだけどね。
「よっし!」
パシッと両頬を手のひらで叩いて、少しやる気を出してみる。
空元気でもいい。とりあえず、こうでもしなきゃやってらんない。
愛想笑いでもいい。とにかく、暗くならないようにしよう。
「おーい!おーわだくーん、起きてるー?」
隣の部屋の大和田くんの部屋。
インターホンを連打して、私は部屋の主が出てくるのを待った。
呼び掛けても聞こえないから意味ないんだけど、気分というやつで。
しばらく連打していたら、ようやく大和田くんが出てきてくれた。
「……うっせーよ。んな何度もピンポンピンポン……流火だな……?」
「おはよー、大和田くん」
部屋から出てきてくれたのはいいけど、完全に寝起きみたいだ。
リーゼントがとれていて、本来のストレートの髪が無造作に流れる。
……レベルは高い。このままなら、きっとすごくモテると思う。
「いっつも思ってたんだけどさ、君、そのままでいいんじゃないの?かるーく結ぶとかしてさ」
「うっせ……」
「……準備、かかる?長い?学校の中、見て回ろうと思うんだ」
「……玄関ホールで、待ってろ」
「うん、わかった!早く来てね!」
「……努力は、する」
……二度寝しそう。
今、スケッチブック霧切さんに渡してるからひまつぶしの道具がないんだよなぁ。霧切さんところ行って、返してもらおうかな……霧切さんの部屋。えーと……。
「やぁ、戸叶くん!おはよう!」
「……うわ……!」
霧切さんの部屋を訪ねてみようと後ろを振り返ると、石丸くんがちょうど部屋から出てきた。
私は思わず一歩引く。
「お、お、おはよ……石丸くん……」
「声が小さいぞ!」
「お、おはよう……ございます!!」
「よろしい!やはり、朝の挨拶は気持ちがいいな!今日も一日頑張れる気がしてこないか!?」
「う、うん……そう、だね……?」
……本当、いつもこんなんなんだろうな、石丸くんって。
「……い、石丸くん……あ、朝から、元気、いいね?」
「当然だ!元気なのはいい事だ!」
その声量、やっぱり苦手だ……。
凛としてるせいか、怒られてるみたいに錯覚する……。
「……朝から騒がしいのね」
あ……凛としてても、静かで、清色な声だ……。
これ……。
「き、霧切さん……お、おはよ……」
「霧切くん、おはよう!」
霧切さんも自分の部屋から出てきたようだ。
「……戸叶さん。これ、ありがとう。助かったわ」
う、うわ……華麗におはようを無視された。
石丸くんなんてショックが顔全体に表れてしまっている。
ムンクの「叫び」みたいだ……面白いほどに表情に出てるな、彼。
……あ、霧切さんが持ってるの、私のスケッチブック……。
「や、役に、立った?」
「ええ。助かったと言ったでしょう?」
「あ、う、うん。そっか……そうだね。よ、よかった。また、何かあったら、言って、ほしい、な」
「……頼りにさせてもらうわ。撮影機器もないから、あなたみたいに正確にスケッチできる存在は貴重だし……記憶力も集中力も高いようだから。観察眼が備わってるのよね、たぶん、あなた……」
……観察眼?
……あーと、そうなの、かな?
絵とかスケッチするのに集中力も観察力も必要だから、自然と備わった、の、かな?
「戸叶さん、周囲をよく見ておきなさい」
「えっ?う、うん?」
「……それじゃあ」
霧切さんはクールとミステリアスを纏って、歩いて行ってしまう。
ああ、カッコいい……!!同世代のはずなのに、すごく大人っぽい……!!
私はああいう風にはなれないんだろうなぁ……。
「……ところで石丸くん、大丈夫?」
まだショックみたい。
動いてない。微動だにしない。
「……霧切くんめ……朝の挨拶をされたのにも関わらず返さないとは、礼儀がなっていないぞ!待ちたまえ!これは指導の対象になる!!」
……そんなことを叫びながら、石丸くんは霧切さんを追いかけていく。
走ってますよー、石丸くん。廊下走るのも指導の対象になるんじゃないですかー。
「……ま、いいや。玄関ホール行こ」
スケッチブック返ってきたし。
ひまは持て余さない。手持ちぶさたにならない。
そういえば、昔手持ちぶさたのこと、手持ちぶたさんって言って大和田くんと那由多にぃに笑われたなぁ。
……いや、そんなことどうでもいいか。
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