▽ 私は変わらない・1
「おし……まいっ!」
学園エリアの通路をスケッチし終わり、私は体を伸ばした。
「後は食堂だけか……」
「うん!時間もちょうどいいよね。そろそろ行こっか」
今までスケッチしたものを見返しながら、私は大和田くんの背中を追いかける。
……?
…………あれ?
ちょっと、違和感?
「あ、コラ流火!ちゃんと前見て歩け!お前いつもそうやって転ぶだろ!?」
「ねぇ、」
「何だよ、いいからそれしまって……」
「私たち、初めて、だよね?希望ヶ峰学園に来るの」
そう言うと、大和田くんは呆れたようにため息をついた。
なんか大和田くんにバカにされたような顔されると複雑だ……。
「来るわけねーだろ」
「そうなんだけど……なんか見覚えある気が……」
「お前の記憶力は信用してるけどよ、来たことねーって。似たような場所でもあったんじゃねーか?」
「こーんな不気味な場所が?んな二つも三つもあるわけないじゃん」
「じゃあ気のせいだな。とにかく前を見て歩け。転んで泣かれると面倒だから」
大和田くんは私からスケッチブックを奪うと、話は終わりとでも言うように再び歩き出した。
「転んだくらいじゃ泣きませんし!ていうか返してよ!」
……前にもこうやってこの廊下で走った気がするけど。
思い出せないってことは……やっぱり、気のせいなのかな。
知ってたら思い出せるもんね。
じゃあ、知らないのかな。
……でも。
でも。
ああ、ダメだ。頭から湯気沸く。
「大和田くん待ってよ!返してってば!」
考えるの、終わり!
大事なことなら覚えてるよ。
でも覚えてないんだから、どうせどうでもいいことだよ。
……っと。
「……わっ!?」
「あっ……」
ドデーンとマンガみたいな音を立てて、私は転んだ。
「……」
「流火、だ、大丈夫か!?」
「……ほら見ろ!泣いてないよ、私!」
「涙目で言われても説得力ねーんだよ!!」
「だって痛いんだよ!!」
「あー、よしよしよし」
「撫でなくていい!ほら、不二咲さんが不審な目で見てる!!」
「え、えぇっ!?」
遠巻きに見ていた不二咲さんを指さすと、彼女は驚いたように目を見開いた。
……本音を言うと、転んでしまった恥ずかしさとあやすように撫でられている恥ずかしさから逃れる言い訳のようなもので、そこに彼女がいてくれて本当によかったと思った。
「ごっ、ごめんなさいっ……別に、そのぉ……不審な目で見てた訳じゃなくってぇ……」
むしろ不二咲さんが泣きそうになる。
今にも泣いちゃいそうだ……。
「そ、その……仲、いいなぁって思ってぇ……」 「そ、それで何で君が泣きそうになっちゃってるの」 「だ、だって……ご、ごめんなさい……」
「あ、謝らなくていいのに」
「う、うん……ごめんなさい……」
……会話が、終わらない。
「……俺、先に行くわ」
「あ!逃げるのか、卑怯者!」
そりゃあ泣きそうな女の子(しかも赤の他人というオプション付)って君苦手だろうけど。
私だって、泣きそうな子どころか他人がいるというだけでダメなのに。
大和田くんがいるからまだやってやれるのに。
なんだか、私も泣きそうだ……。
「……戸叶さん、お、怒ってる?」
「お、怒ってないよ……そんな、私が人を叱るとか、怒るなんて……あはは……お、おこがましい……」
め……目も合わせられない……。
私は不自然に横を向いてしまっている。
不二咲さんは不思議そうに私の顔を伺う。
なんとか 顔を合わせようと軽く背伸びしてしまっているのが、可愛い……。
……不二咲千尋、超高校級のプログラマー。
熱狂的なファンも存在するって聞いてたけど、なんとなく……気持ち分かるかも。
小動物、みたい。リスとか、ウサギとか。
すごく淡くて綺麗な色……。
「戸叶さん?」
「あっ……あぁ、あ、ご、ごめんなさい。何でもないんだ。その、私、人の目見るの苦手なの、別に君が嫌いとか苦手とかそういうんじゃなくって……。えと、大和田くんがいれば、気持ちに余裕ができてまだ大丈夫なんだけど……あの……」
「……よかったぁ」
「へ?」
見れば、不二咲さんは笑顔を浮かべている。
頬を赤く染めて、ずいぶん愛らしく……いや、可愛い。可愛いんだ。
「嫌われちゃったのかと思ったよぉ……戸叶さんと、仲良くできたらなぁって思ってたから……よかったぁ」
「……あ……そ、そう……」
なんだか……毒牙を抜かれた気分……。
案外すんなりと目も合わせられた……。
「じゃ、じゃあ……行く?食堂……一緒に……」
「うん!」
えーと……仲良くなれたらいいってことは……友達、だよね?
……友達って、どうやってなるんだろ……。
首を軽く傾げながら、私は不二咲さんと一緒に食堂へ向かった。
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