緋の希望絵画 | ナノ

▽ 鼠か烏か愛らしく・2




私たちは音楽室から見てみることにして、角を左に曲がった。
長い通路を歩いていると、前方から誰か来るのが見えた。
少し足早に、銀髪を靡かせたあの凛とした姿は……霧切さんだった。

「霧切さん!もうあそこ見てきたの?」

私は霧切さんを呼び止めたが、彼女は立ち止まることなく私を通り過ぎた。
え、無視された―――と私が軽くショックを受けていると、しばらくしたところで、霧切さんの足音はやんだ。
私を少し過ぎたところで、霧切さんは立ち止まったようだ。

「霧切さん……?」
「……」

顔だけこちらを振り返った霧切さんは、いつにも増して不機嫌だった。
いつも無表情といえば無表情なのだが、この時は分かりやすく読める感情があって、何故か彼女は苛立っているらしい。

「何か、あったの?」
「……何でもない」
「え、いや……でも……」
「なん、でも、ない」
「……うん」

「聞くな」と言っているようだ。
確実にこれは何かあった。
意外と霧切さんはこういうところでハッキリしているらしい。

「……この先は音楽室よ。特に何もないけど、苗木君がいることくらいかしら」
「あ、そう……」

霧切さんの「苗木君」がいつもに増して棘を感じるのは、どうしてなんだろう……。

「……戸叶さん、あなた、苗木君を“おかしい”とは思わなかった?」
「えっ?」

思わずドキッとした。
んな甘い意味でのドキッではなく、手に汗握るような限りなくゾワッに近いドキッだ。

「ああ、苗木くんは昨日の夜、階段から転げ落ちてしまったそうだからな!ドジっ子というやつだな!」
「後頭部にたんこぶ出来てて……痛そうだったよぉ」
「後頭部って、それうしろから落ちたってことか。あいつって本当に不運だな……」

紋土くんたちがそんな会話をしている中で、私の心拍数は順調に上昇していった。

「……苗木君は何かを隠しているわ。あなたも分かったんでしょ?」
「……嘘は、ついてたかもね」

昨日の夜見えた苗木くんの色は、確かに燻んでいた。
しかし、それは嫌な燻みって訳ではなく、そうせざるを得ない何かが混ざっていた。
だから、私は苗木くんが隠そうとするのなら、それを無理に問い詰めないようにしようとは思ったのだけれど……。

「私に隠し事なんて……苗木君のくせに生意気よ」

霧切さんはムキになっているみたいだ。
苗木くんのくせに生意気と言っているあたり、彼女の苗木くんへの印象が伺える。

「それじゃあ、私は行くから」

ピシャリと言われたのを最後に、霧切さんは行ってしまった。
その入れ替わるかのように、向こうからさやかちゃんと桑田くんがやって来た。

「……な、なぁ、今の霧切すげー形相してたけど、何かあったのか?」
「……あはは、苗木くんと色々あったらしい」

何があったかは分からないけど、何かあったのは事実だから、私はそんな言葉で濁しておいた。
まだ音楽室にいるであろう苗木くんは、今何を思っているのだろうか。
霧切さんを怒られてしまったことに、頭を抱えているんだろうか。

「この先の音楽室に苗木君がいるんですね!」
「え」

私はあ然としてさやかちゃんを見た。
さやかちゃんは真面目な顔をして言う。

「エスパーですから」

お決まりのセリフで、最早私は何も突っ込まないでおこうと思った。

「霧切さんもいない事ですし、苗木君とお話しするなら今がチャンス!ですね!」
「えっ?さやかちゃんは、いつでも苗木くんと話せるイメージがあると思うんだけど……違うの?」
「最近の苗木君は霧切さんばかり気にかけてるんです!昨日だって、苗木君と霧切さんは2人で何かお話ししていたみたいですし……」

少しふくれっ面になっているさやかちゃんは、やきもちを妬いているみたいだ。
それは、そうだろう。
自分の方が前から知っているのにという優越感情は嫉妬に変換されやすい。
私の横にいる暴走族なんかいい例だと思われる。

「……さやかちゃん、苗木くんが好きなんだね」
「あっ、私、芸能人ですから……そういうのは名言するのはNGです」
「そ、そっか……」
「まあ、私も、苗木君が好きというよりは―――気になる人、ですかね」
「……?それって違うの?」
「全然違います」

にこっとしたさやかちゃんの方は僅かに赤くなっていて、「好きな人」ではなく「気になる人」だなんて言われても、全然説得力なんかなかった。

「あ。そうだ、さっき向こう見てきたんだけどよ、“情報処理室”ってのがあったぜ」

思い出したように桑田くんが言った。
“情報処理室”って……あれか?パソコンとか、そういう……。
それなら、不二咲くんが―――。

「情報処理室……?」

……既に反応していた。

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