▽ 秀逸であり厄介・3
私がセレスさんの移り変わりを眺めていると、背後から声が聞こえた。
背後といっても私の後ろは扉……つまりは美術室からだ。
美術室に、誰か来てしまった。
「さくらちゃん!確かにこっちの方からセレスちゃんの声が聞こえたの!?」
「ああ……後は、戸叶の声も聞こえた」
「流火ちゃんも……!?」
朝日奈さんと、大神さん、それから……不二咲くんの声だ。
これは……いやぁ、どうしよう。
「セレスちゃーん!戸叶ちゃーん!無事ーっ!?」
段々近付いてくる声に、セレスさんは微笑んだ。
いい助け舟が来たとでも思っているのだろう。
「た……助けて下さい、朝日奈さん!わたくしと戸叶さんは今、絶体絶命なのです!」
「セレスちゃん!?大丈夫!?」
「大和田君と石丸君に捕らえられて……これから何をされるか気が気じゃありませんわ!」
「大和田と石丸だと……?」
この状況を、今朝日奈さんたちはどのように捉えているのだろう。
「……」
そんなの、セレスさんを、信じちゃうよなぁ……。
被害者の方が有利なのは当然だし、この状況じゃ尚更で……。
「流火ちゃん!流火ちゃんはぁ……!?」
「……不二咲くん!」
そうだ……不二咲くんがいるじゃないか……!
不二咲くんなら公平に冷静に考えてくれる。
「誤解!誤解だから大丈夫だよ、ちょっと議論してるだけだから……別に心配するようなことは何もない!紋土くんも清多夏くんも何もしようとしてないから!」
「戸叶さん!いくらあなたにとって大和田君が大切な人だからといって、あなたは優しすぎますわ……このままだとわたくし達は……!早く助けて下さい!」
「お……おいっ、マジで誤解を招くようなことを言うんじゃねぇよッ!!」
紋土くんが怒鳴ると、セレスさんは怯えたように噛み殺した声を漏らす。
これも演技だと云うのだから、セレスさんはかなりの嘘つきだ。
「戸叶、セレス……扉から離れていろッ!すぐにこんな扉、破ってくれる……ッ!!」
薄い扉越しに感じる大神さんの闘気のようなものに私の体は震える。
大神さんなら、こんな扉あっさりと破ってしまうに違いない。
「清多夏くん、こういう場合どうすればいいと思う……!?」
「潔く出て素直に告白するのがいいだろうな……しかし……」
清多夏くんはバツが悪そうに俯く。
彼もひしひしと感じていることだろう。
自分への殺気を。
大神さんは基本的にか弱い者、女性の味方だ……だから彼女はセレスさんのこの虚言を信じているだろうし、紋土くんや清多夏くんは女性の敵と位置付けられてしまっているのだろう。
「さくらちゃん、不二咲ちゃん!みんな連れてきたよッ!」
「戸叶さんとセレスさんが危ないって、一体何が起きてるの!?」
「……何でもいいが、退屈は勘弁しろよ」
「何々、みんなで乱交パーティー!?ゲラゲラゲラッ!」
ああ……これは、面倒なことになってきた……。
朝日奈さんの声が聞こえなくなったと思ったら、みんなを呼びに行っていたのか……。
苗木くんだけではなく、普段どこにいるかも行方知れずな十神くんや……翔さんまで。
「美術倉庫で大和田とイインチョーが殺人未遂って聞いたんだけど、マジ……?」
「それは誤解だぞ、桑田くん!僕も兄弟も殺人など犯そうとしてなんかいない!そもそも流火もセレスくんも殺す理由などない!」
「だ、だよなぁ……タチの悪ぃドッキリなんだろ、この状況って……?」
「当然だ!愛する人を殺してなるものか!」
「……はっ?」
薄い扉越しに行われる会話―――この扉を開ければ、みんなの顔も見える状態で……しっかりと会話できるのだろう。
しかし、これは果たして開けていいものだろうか。
どうしようと合図を送るように紋土くんを見ると、彼は無言で首を横に振った。
そして、顎でセレスさんを見遣るように示した。
「……」
セレスさんは笑っている。
扉を開けば、きっと彼女は大神さんや朝日奈さんにお得意の嘘で泣きつくだろう。
放たれる嘘で紋土くんと清多夏くんは殺人未遂のレッテルを貼られる。
そうしている間にだって、彼女は再び殺人計画を組み立てるかもしれない。
いくら考えたところで、セレスさんは嘘を塗り重ねて状況を打破するだろう。
セレスさんの表情には諦観など微塵も感じられない。
彼女はまだ、この“勝負”を諦めてはいない―――。
「おい戸叶、今そこはどんな状況だ」
今ばかりは十神くんが私に話を振ってきてくれたことに感謝した。
私はここぞとばかりに声を張る。
「何もないよ!何も……ない!だから、大丈夫だから……!」
「では、殺人未遂に関してはどうだ?」
「それは……!」
何て言えばいいのか、分からない。
これは話せば長くなるし……1から話さなければ、どうしようも……。
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