緋の希望絵画 | ナノ

▽ 例えば私だったら・1




山田くんを踏んづけたままで、彼は私たちを見た。

「おい、大丈夫か、お前ら」

ああ……大和田くんだ。紋土くんだ。
ちゃんと、紋土くんの声だ。

「……紋土、くん」
「……兄弟」

私は身体中の力が一気に抜けるような脱力感に陥った。
そるはきっと、清多夏くんも同じだった。
1度は死を覚悟してしまったものの……私は、生きている。
私と清多夏くんは顔を見合わせて頷いた。

「紋土くん!」
「兄弟ッ!」

次の瞬間には2人して紋土くんに飛びついた。
足元で山田くんが呻き声を上げた気がするが、今は聞こえないことにした。
紋土くんに殴られたか蹴られたかしたダメージは大きいだろうし、しばらくは起きないだろう。

「ケガは……ねぇな」

引っ付いている私たちを無理に離そうとせず、紋土くんは優しげに笑った。
それこそ、慈愛に満ちた温かな笑顔……とでも言えばいいのか?
清多夏くんは涙腺がぶっ壊れたかのように「兄弟ィィィ」と泣いているが……私は逆だった。
清多夏くんから受けたダイナミックな告白の時よりも大量の冷や汗が背筋を伝い、気持ちが悪くなった。
嫌な予感というか、これから起こるであろう災厄というか……。

とにかく私に分かったのは……「紋土くんの機嫌が凄まじく悪い」ということだけだ。

そんな私の予感を的中させるかのように、笑顔のままで紋土くんが口を開いた。

「……お前ら、」
「どうしたのだ、兄弟!」
「わっ、き、清多夏くッ……」

清多夏くんは感じないのだろうか。
紋土くんから溢れる……この怒りの念を。

「この……大馬鹿がッ!!」

紋土くんの笑顔が一瞬にして消え去り、彼は怒りに満ちた顔で清多夏くんの頭上に拳骨を落とした。
その時に響いた音は、例えるのが不可能に近い音であって、あえて言うのだとしたら、全てに濁音が付いたような音。
ただ、痛いことだけは明白だった。
殴られた清多夏くんが頭を抱える様を見て、私は顔を引きつらせた。
これは……。

「お前も……このアホ流火ッ!」

私も、頭を殴られた……というよりか、叩かれた。
一応女であることの配慮はしてくれたらしく、本気ではなかった。
それでも頭部が麻痺したかのように変な感じになっているから、強い力で叩かれたようだ。
それだけ、紋土くんは怒っていた。

「なっ……何をっ、何をするのだね、兄弟ッ!?」
「うるせぇッ!!」

紋土くんの怒声に私も清多夏くんも黙り込んでいた。
苛立っている、怒っている……どころの騒ぎではない。

「分かってんのか、死にかけたんだぞお前ら!?」
「で、でも、君が助けてくれたよ……」
「俺が来なかったらどうするつもりだったんだ」
「それは……」

私が言い澱むと、紋土くんは冷めた視線を清多夏くんへと向けた。
まるで初対面の時のような視線を、清多夏くんは逸らさずに受け止めていた。

「流火が……好きだ……?勝手なこと言うんじゃねぇよ。好きな女なら、危険な目に遭わせんなよッ!!命賭けて守るとかってのはよく聞くけどな……本当に命落とされたら庇われた側はたまったもんじゃねーんだッ!!庇われたことで大事なヤツが死んで……それって、自分がそいつを殺したってこととおんなじで、ずっと背負わされんだよ……自分が殺したって……ッ!」

妙な説得力は、気のせいじゃなかった。
彼は誰よりも分かっているんだ。
好きな人……ではないけれど、それと同等の大事な家族に庇われて、死なれて、自分が殺したのと同じだと、自分が殺したのだと自責の念に駆られて―――大亜にぃに庇護され死なせてしまった紋土くんだから、分かることだった。

「好きなヤツ守るんだったら、命捨てようとか思うなよ……」
「……兄弟……すまない、僕は、」

清多夏くんはそこで一旦言葉を止めて、自分なりに考えをまとめているようだった。
やはり彼は、こういう事態に対しての対処が苦手らしい。

「……僕は、焦っていたんだ。流火への思いを自覚したその瞬間から……このままでは僕は兄弟には敵わないと思ったから、少しでも、彼女の気を引いていたかった。しかし、そうだ。君の、言う通りだ。彼女を危険な目に遭わせるだなんて……僕は……情けないッ!自分が許せないッ!殴ってくれ……どうかこんなどうしようもない僕を殴って―――」

次の瞬間。
再び濁音だらけの音が響いた。
紋土くんが清多夏くんの頬に1発入れた音だった。

「……って、うあああああっ大丈夫、清多夏くんッ!?」

ただの殴りで地べたに尻餅をついてダウンしてしまった清多夏くんに私は駆け寄った。
しかし、心配など無用だった。
彼は、見事に清々しい顔をしている。

「ありがとう、兄弟ッ!目が覚めた……これからは、正々堂々流火を僕の虜にしようと思うッ!」
「はぁッ!?そこは諦めろよ、いいのかよ風紀委員サマが不純異性交遊とかやってもよッ!」
「残念だが、これが僕の初恋だ!引くつもりはない!それに……」

清多夏くんは私の方を見ると、僅かに頬を赤く染めて、屈託なく笑った。

「僕の流火に対しての気持ちは不純の欠片など一切ない!何だったら、恋人同士になれなくたって構わないんだ……ただ、流火が僕の隣で笑ってくれればそれでいい……僕の思いは、ただそれだけの純粋なものだッ!……そしてあわよくば、そこから自然と結婚へと事を運べればいいと思っている」
「結婚とか言ってる時点で不純だろうがよッ!!」
「いいや、結婚とは良いものなのだぞッ!!」

私は何だか色々と面倒になってきて、頭を抱えた。
とりあえず、頭が痛くなっていた。

「……はぁ。まあ、私に好意を持つ時点で変なんだから、マトモなんか求めちゃいけないか……」

そもそも、ここでの生活がマトモでなさすぎる。
非日常の中で日常を求めるのは、あまりにも無粋だ。
言い争う紋土くんと清多夏くんを横目にしつつ、私は山田くんへと顔を向けた。
今はもう紋土くんに踏んづけられてはいないが、微動だにしない。
どうやら、気絶してしまっているようだ。
ついでに、うなされている……。
これは目が覚めるまでにしばらくはかかるだろう。
気絶の山田くんは……放置だ。

「大体、兄弟は流火を乱雑に扱いすぎだッ!彼女は女性なのだからもっと女性として扱うべきだッ!」
「お前なッ……今までずっと一緒に育ってきた気心知れたヤツに今更女らしく扱うとか無理に決まってんだろ!?しかも流火だぞ!?『うわっ、なに、気持ち悪い』で終わらせられるわボケッ!!」

さすが……と言うべきか、紋土くんの言っていることはもっともだ。
いきなり紋土くんに女の子扱いされたのなら、彼の具合が悪いんじゃないかと疑う。

「クソッ……兄弟がまさか流火に惚れるなんて……とんだ変わり者がいたもんだな」
「……うん、否定はしないけどさ、改めて言われると私が悲しくなるからやめてくれない」
「事実だろ。俺だって、何でお前に惚れたが明確な理由なんてない」
「断言しないでよ……」

「明確な理由なんてない」……なんて、どうせ嘘だろうに。
幼なじみという刷り込みにしろ、過度の依存症の延長にしろ……彼は彼なりに私を好きになった理由がある。はず。
だって、そうでなければ私ではない女の子に告白しては玉砕を、いつまでも続けているはずだから。
紋土くんはただ、「好きになってしまった明確な理由」を話すのが照れくさいだけなのだと思う。
そして、清多夏くんはアホなのかバカなのか、そういった恥ずかしさなどは微塵も感じていないらしい。
変な所で恋愛価値に寛容な風紀委員だ。

「流火を好きになれる理由など、彼女を見ていれば自ずと増えていくではないか!流火は優しく、他者とは違った感性で、殺人を止める勇気も正義感も持っており、親しくならないと分からないが……実に愛らしく笑う!まるで百合の花のようで、可憐で、無垢で、そして……!!」
「清多夏くん、もうやめてくれるかい……」

聞いているこちらが恥ずかしくなってきた。
しかも、重症レベルに美化されてしまっていて私は私という人間が分からなくなってくる。
私は決して可憐ではないし無垢でもない。
百合のように、美しくはない。
せいぜい赤百合だ。

「清多夏くんの、その、告白に対しても、今は置いておこう」
「置いておくなよ。振れよ、今ここで振ってそんで一生お友達でいろよ」
「物事には優先順位があるんだよ」

まず、第1に優先したいのは襲いかかってきた山田くんのことだ。
殺人未遂が起こり、彼の言葉だと「彼女」という別の存在が確認できる。
しかしこれらに関しては山田くんが起きない限りどうしようもない。
だから、後回しだ。

清多夏くんからの告白に関しては……今話せば話がややこしくなるだけだから、少し後でいいはず。
私の個人的感情で申し訳ないが、私は私で混乱している。
なので、後回しにしたい。

すると、今優先したい知りたいことは限られる。

「君が来なければ死んでただろうから、それは感謝してもしきれないよ。だけどさ……どうして、紋土くんはここにいるの?」

『どうして大和田紋土が私たちを救うに至ったのか』――だ。
時間はモノクマアナウンスすら流れていない早朝。
彼はどう考えたってこの時間帯に起きる人間ではない。

「ああ、それは……お前が俺のこと呼んだから」
「え?いつ?」

いくら考えたって分からなかった。
それを悟ったかのように紋土くんは話し始めた。

prev / next

[ back to top ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -