緋の希望絵画 | ナノ

▽ 白は私を埋めてしまう・1


私と紋土くんが不二咲くんによって連れて来られた脱衣所には、まだ全員揃っていなかった。
苗木くんと葉隠くんがまだだった。

「苗木君は葉隠君に呼んできてもらっているわ」

霧切さんが静かな声でそう言って、私はただその言葉を聞いていた。
どのくらいで来るのかなー十神くんと腐川さんも集合に従ったの珍しいなーさすがにいつまでも黙っている訳にもいかないからかーと、私はどこか上の空で考えた。

「……みんな集合ってことは、アルターエゴの調査が終わったってことかな?」
「ああ、たぶん―――」
「そうしたら、外へ出る手掛かりも分かるな!君をこの学園から出してあげられるッ!」
「き、清多夏くん……」

今日初めて見た清多夏くんは私と紋土くんの間に割り込み、私へ笑いかけた。
紋土くんから放たれる嫉妬の視線をあまり意識しないように、私は清多夏くんの言葉に相槌を打った。
頼むから、その「流火の隣は俺だろ空気読めよ兄弟」みたいな目を紋土くんにはやめてもらいたい。
手が出ないのは清多夏くんが親友という立場に位置しているから。
これが桑田くんだったのなら……そう考えるだけで、ゾッとする。桑田くんなら殴り飛ばされている。

……私は、何故こんなにも独占欲やら嫉妬心の強いヤツに初恋なんて捧げてしまったのだろう。

それが不思議でしょうがない。
紋土くんが初恋の相手であることは思い出しても、その理由となる具体的な思い出が蘇る訳ではなかった。
やはり、かなり昔のことだから……思い出すにはそれなりの時間を要するのかもしれない。
どうも思い出したくない気もするが……それでもやっぱり、あの時の気持ちが知りたい。
私は過去のことを思い出そうとする。
しかし、上手くいかない。
やはり無理かと思った時だった。

「霧切っちー。苗木っち連れてきたべー」
「ごめん。僕が1番遅かったみたいだね」

ちゃらんぽらんな葉隠くんと慌てたような苗木くんの声に、私の思考は中断。
これで、15人……全員がそろった。

「苗木くん!遅いではないか!もうすぐ10時になってしまう……よい子は寝る時間だぞッ!!」
「チッ……ウルセーヨ……」
「山田くん!何かね、その態度は!?」
「清多夏くん、山田くん、静かにしよう……外まで聞こえちゃうってば……」

黒幕に気付かれたらどうするつもりなんだ。
騒いでいては霧切さんだって喋れないだろうし、とにかく静かにしなければ……。

「霧切よ……一体何の話があるのだ?」
「そんなん決まってるべ!アルターエゴの件だろ!?」
「そっか!やっと手掛かり見つかったんだね!?どうだった?黒幕の正体は?出口は?」
「…………」

霧切さんは何も言わない。

「……?」

アルターエゴの話にしては……霧切さんの様子がおかしかった。
霧切さんだけではなく、不二咲くんの様子もどこか変だ。
俯いてしまっている彼の雰囲気には覚えがあった。
前に「自己嫌悪中」と言っていた時のそれと同じだ。

「不二咲くん?どうかしたの?」
「……ご、ごめんね、流火ちゃん……」
「おい、不二咲っ?何で謝ってんの?アルちゃんがすっげー発見したんだろ?もったいぶらないで言えよ」
「…………あ、あの、霧切さん」

俯いたままで涙を目に溜める不二咲くんに、私たちの間には不穏な空気が漂った。
意を決したさやかちゃんに名前を呼ばれても、霧切さんはすぐには反応しない。
脱衣所が一気に静寂に包まれたところで、霧切さんはようやく口を開いた。

「ないの……」
「ない……?」
「さっき確認しに来て、そこで気付いたの……。アルターエゴが……ノートパソコンが……なくなっていた……」
「えッ!?」

私たちの間にどよめきが怒る。
霧切さんのタチの悪い冗談だと思いたかったが、あいにく彼女は冗談なんて言わない。
無言の霧切さんと泣きそうな不二咲くん―――これは、どうしようもなく事実だった。

「え……?え……?彼女が……いなくなっちゃったって事……?」
「冗談では……ないのだな?一体どこに行ってしまったんだ!?」

1番動揺しているのは山田くん清多夏くんだった。
もちろん私も動揺していた。
どうして、アルターエゴが……。

「やはり黒幕の仕業でしょうか?気付かれてしまったのでしょうか?」
「アルターエゴには、見知らぬ人間が入って来たら叫び声を上げるように言っておいた……。黒幕の仕業だとしたら、叫び声が上がったはず」
「聞き逃した……とか?」
「私と不二咲君は1日中、ランドリーにいたわ。悲鳴が上がって聞き逃す訳がない……」

霧切さんと不二咲くんが見張りをしていたのだから、尚更。
やはり聞き逃すなんてありえない……か。
私は横で小さくなっている不二咲くんに目をやった。
アルターエゴを心配していると同時に、激しい自責の念に駆られているようだ。
アルターエゴからのSOSは出なかったのだから、不二咲くんが気付かなかったからと言って、それは決して彼の責任ではないのに……。
むしろ、霧切さんらが見張っているのだから大丈夫だろうと過信していた私たちにも責任はある。
完全に、油断していた。

「……謎はすべて解けた。犯人はあんたしかいない!石丸清多夏殿ッ!君が彼女を連れ去った犯人だろう!?」
「何故そうなるッ!僕より君の方が怪しいではないかッ!!」
「どっちも容疑者候補っぽいけどなー……」
「何をおっしゃるか、桑田怜恩殿ッ!僕が愛しい彼女を誘拐するワケがなああああいッ!!」
「僕だってそうだ!風紀委員たるもの、盗みなど働かないッ!!」
「わ、分かった……分かったから近づくんじゃなねぇよ……」

犯人ではないと主張する山田くんと清多夏くんに詰め寄られ、桑田くんの表情は引きつる。
「パス」とでも言うように桑田くんは葉隠くんの背中を押し、2人の前に突き出した。身代わりにした、とも言う。

「早いトコ白状すんべ。どっちかが犯人なんだろ?」
「……ううん。その2人が犯人だって可能性も考えられないよぉ」
「えっ……どうしてですか?」
「それは……事前に、アルターエゴに言っておいたんだぁ。石丸君や山田君が脱衣所に来たら、悲鳴を上げるようにって……」

名指しにされてしまった清多夏くんと山田くんが目を丸くしている。
そりゃあ、不審者と同じ対応をするように設定されてしまっていたのだから、当然の反応か。
不二咲くんが申し訳なさそうにしているあたり、発案者は霧切さんだろう。

「それでも、悲鳴が上がらなかったってことは……」
「その2人の仕業とは考えられない」

なら、誰が……そう思って脱衣所にいる面々を1人ずつ見ていくと、十神くんと目が合った。
十神くんはどこか楽しげで……葉隠くんの能天気さと十神くんのこの余裕ぶりは本当に見習いたい。割と本気でそう思っている。

「大体、事情がわかってきたな……黒幕でも、石丸でも山田でもないとしたら、その他の人間の仕業に決まってる。その3人以外の全員だ」
「容疑者候補多すぎるよ、それ……」
「てか、私達がアルターエゴを盗む訳ないじゃん!そんな事する理由がないし!」

私たちが全員で否定する中、十神くんはメガネをかけ直した。

「では、こういう可能性はどうだ?……裏切り者がいる」

……え?

「この中に黒幕側の人間……つまりは、黒幕の内通者がいて、そいつがアルターエゴを奪った。……そうは考えられないか?前から考えていたんだ。俺達の中には内通者がいるんじゃないかとな……このゲームをスムーズに進める為に、黒幕から送り込まれた内通者が……」

十神くんの言葉に、みんなが黙り込む。
だって、この中の誰かが裏切り者で……黒幕が送り込んだ内通者とか……。
ありえない。ありえるはずがない。
……あってほしく、ない。

「……何故黙る?その程度の可能性に気付いていなかったのか?」

……十神くんの言う通りだった。
そんな考えにすら至らなかった。
そもそも、信じたくすらも、ない。
裏切り者なんている訳が―――。

「なんでもいいッ!!」
「……!」

山田くんがらしくもなく叫ぶ。
私たちは身を硬直させた。

「なんでも……いいよ……。誰でも……いいから……助けてやって……。彼女を助けてやってよ……頼むよ……頼むから……元気な彼女を……僕の元に返してやってよ……」
「そ、そうだよね……今は、アルターエゴのことを考えなきゃ……」

彼が私たちの希望の光なのだから、黒幕やその内通者とかを考えている場合じゃない。

「少なくとも、アルターエゴが壊されている可能性は、今のところは低いはず……」
「壊す事が目的なら、わざわざ持ち去らないで、この場で壊しているはずですわ」
「つまり、犯人には別の目的があったという事だな」

別の目的……ちっとも、想像がつかない。
盗んだとしても、不二咲くん以外にまともにアルターエゴを扱える人間が、果たしているのだろうか……。

「ね、ねぇ、アルターエゴのこと、探さないと……」
「そうですね……!でも……時間が」

その瞬間、さやかちゃんの声に被るようにして、チャイムが響いた。

『キーン、コーン……カーン、コーン』
『えー、校内放送でーす。午後10時になりました。ただいまより“夜時間”になります。間もなく、食堂はドアをロックされますので、立ち入り禁止となりま〜す。ではでは、いい夢を。おやすみなさい……』

どうやら、夜時間になってしまった。

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