▽ 君に落ちるのはまた後で・4
そしてしばらくして。
だいぶ頭が軽くなった。
「おおおぉ……」
鏡を見て、私は感嘆の声を漏らす。
「誰だ、これ」
「流火だな」
うん、分かってるよ。
しかし、そう言わずにはいられなかった。
あれだけ長かった髪を肩にかかるまでに短くしたんだ。
そりゃあ、ほぼ別人に変わる。
「気に入らねーとこは?」
「ないない。大丈夫。……君的にはどう?」
「ねぇな。今のお前の方が可愛い」
「そっかー、へへー」
だらしなく頬が緩む。
鏡を見てハッと我に返るが、やはり口元だけは緩んでしまっていた。
ここまで髪を短くしたのは中学の時以来で……懐かしい。
やはり無理に髪を伸ばすより、私もこっちの髪の方が好きだ。
「なんかありがと、紋土くん」
「あ?……何がだ?」
「私も髪短い方が好きみたいだ。思い切ってイメチェンもいいもんだね」
「……まあな」
でも、これじゃあ全然フェアじゃないことに再び気付く。
私にデメリットがない……何というか、後ろめたい。
私のそんな気持ちを察したんだろうか。
紋土くんは私の頭を撫でながら言った。
「……なぁ、流火。ちっと真面目な話してもいーか?」
せめてもの穴埋めってやつなんだろうか。
それとも気遣い?
……私に拒否権なんてないのに。
私が黙って頷けば、紋土くんは続けた。
「流火、俺な……やっぱ暴走族やってて楽しいわ」
「……何?急に……」
「仲間と一緒にバカ出来るのが楽しーんだ。暮威慈畏大亜紋土として走ってる瞬間が楽しくて仕方ねーんだよ。チームをデカくしなきゃいけねーってプレッシャーも兄貴に対する罪悪感もあったけどよ……楽しいから暴走ってんだよ」
それは、知ってる。分かってる。
今の紋土くんの表情を見てたって、暴走族やってるのが楽しいんだ好きなんだってよく分かる。
それほど今の紋土くんは穏やかな顔をしている。
「だからな、最近思うんだ。この高校生活が終わったら、俺はどうなっちまうんだろーなって……すべてを捧げた暮威慈畏大亜紋土を卒業した後、俺はどこに向かえばいいのかって……。しかも俺はオメーらと違って頭も良くねーからよ……大学ってのは無理だし……もう就職すっかねーよな……。なんだか……自分の可能性に限界を感じちまうって言うか……。虚無感ってのか?うまく言えねーんだけどよ……俺にとっての暮威慈畏大亜紋土はそれ位、大きな存在って事だ」
穏やかな顔をしていた紋土くんの顔はだんだん暗くなっていった。
「だからな……その存在をなくした後の事を考えると……“コエー”んだ。俺がここに来たのも、その怖さから逃げる為為だったのかもしんねー。俺は……逃げてきたんだよ……」
自嘲するように彼は笑う。
以前なら絶対に言わなかったであろう言葉に私は正直驚いていた。
「……カッコ悪ぃだろ?俺」
「……ううん。そんなことない」
私は無我夢中で首を横に振った。
「今までで1番いいと思う、今の君……。ビックリした。君、案外考えてたんだね……!さすがはダイアモンドと言いつつガラス少年……!!ウジウジ考えるの得意だね!」
「どーゆー意味だコラッ!」
「褒めてるんだよ!それに……嬉しいし喜んでるんだッ!だって君が……ちゃんと暮威慈畏大亜紋土卒業した後の事考えてるんだなーって思ったら……ああ、涙が……」
「お、大袈裟すぎんだろ!まだ話終わってねーし……!!」
「え、まだあるの……?」
すると紋土くんはバツが悪そうにする。
「……その、だから……卒業した後の事考えて、よ……一応、やりてー事は決まってて……だから、まず流火には言っとこうって、思って……」
バツが悪そうにしてても、彼が私から目を離すことはなかった。
引っ付きそうなくらい私に顔を近付けて、紋土くんは微笑む。
「実はな……働くの結構楽しみにしてんだよ、俺」
「……何、やるの?」
「大工だよ!大工!」
「……だ、大工……?」
「ああ。今まではぶっ壊す専門だったからよ……今度は……作る方に回んのもいいかなって……」
一旦顔を離した紋土くんの瞳の奥底は、揺れていた。
「……流火は……どう思う?」
どう思うって……君が決めることじゃん、それは。
私は何だかおかしくなって、クスクスと笑った。
「いいよ、いいよー。君に養ってもらえるかは些か不安ではありますが、だって君が考えたことなんでしょ?」
「まあ、な」
「だったら、私は何も言わないよー。ただ、君がその夢叶えるの見てる」
「……おうっ!見てろ、世界一の大工になってやるからな!」
「うんっ!」
2人顔を見合わせて、笑う。
こんなことがどうしようもなく、幸せだった。
「……あ、紋土くん、そうだった。私ちょっと」
「……あ?どうした?」
そうだ。
せっかくだから、こちらも早く変えよう。
「私、倉庫行ってくる」
制服、今変えちゃおう。
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