▽ 君に落ちるのはまた後で・3
私がそう思っている間にも再び髪は解かれ、ハサミが髪の中に入ってくる感触が伝わってくる。
断ち切られる音が耳元ですれば、ようやく私は潔く諦めた。
諦め受け入れてしまえばこっちのもので、私は黙って髪が切られる様を感じていた。
「……あのさ、紋土くん」
「んだよ?」
「失恋した時って髪切るよね」
「んがっ……!?」
紋土くんが変な声を出して、やけに大きなハサミの音がした。
一気に喪失感が頭部をかけて、私は別の意味で変な声を出しそうになった。
「ちょいと!?今バサバサーって言ったけど大丈夫!?」
「あ、ああっ……お前無駄に髪長くて良かったな……!!」
無駄にが余計であるが、確かに良かった。
当人の紋土くんは目に見えて動揺している。
私の髪を一気に切ったことに対してではなく、私の発言に対してであることはちゃんと分かった。
「そ、そうだよな……髪切んのって失恋した時だ……」
「……まあ、別に、そんなもんはどうでもいいと思うけど、ね……。よく分からない風習?しきたり?だし……」
「てか、そうだ……そうだったな……」
「……紋土くん?どうしたの?」
1人で頷く彼は、私の髪の毛を切りながら「そうだ」と何度も呟いた。
何が「そうだ」なのか、私にはまったく分からなかったが、よく考えれば分かりそうな事だった。
「俺、お前にちゃんとした告白もしてねぇし、返事も聞けてねぇんだよな……」
独り言としてもとれる言葉は、間違いなく私へ向けられたもの。
「流火。今告白してもいいか?」
「髪切りながら?それはまたムードがないね」
こんなコロシアイ学園生活という状況で、しかも私たちという関係で……ムードもロマンも何もないが。
「大体……“私を見てた”って言葉で十分告白じゃない?改めて考えるとすごく恥ずかしい言葉だよ」
「うっせ!」
どちらにしても。
私はあの言葉で十分だったんだけどな。
あれで……君の想いはイヤでも伝わったんだけど……君はそれじゃ満足しませんか。
「流火」
真剣で、真面目な声。
場所は割と現実的な閉鎖空間。
BGMというやつは私の髪が切られる音。
どこからツッコミのメスを入れればいいのかも分からない。
そうして、続きの言葉が述べられる。
「好きだ……好きなんだよ、流火」
縋るようにも聞こえた声だった。
そこからしばらく、沈黙が続く。
ある程度頭が軽くなったところで、紋土くんは再び口を開いた。
「……流火は?どうだよ?」
「……私は、」
紋土くんと顔を見合わせれば、彼は今まで見たことないような顔をしていた。
彼が女の子に告白するシーンは何度か見たことあるけれど……その中で見たどの顔ともつかない。
本当に、今までで見たことのない表情。
例えるなら……「断られたら死ぬからな」という切実な重い想いが込められているかのような……。
「……ごっ」
それでも、私は……こう答えるしかできない。
今は。
「ごめんなさいッ!!」
私がそう言った瞬間。
2度目のバサバサバサーっと髪が落ちる音が聞こえた。
「うわっ!?ちょいとッ!!」
散髪もだいぶ進んでいた中での大量の髪喪失は半端でなく、心臓に悪かった。
「紋土くんッ!?大丈夫ッ!?」
「…………だろ」
「何ッ!?聞こえないッ!!」
「普通断んねぇだろ、ここはッ!!」
紋土くんはそんな事を言って、私の頭上に拳骨を落とした。
本気でない事は分かったが……涙が出るくらいには痛かった。
「きっ……君、今までに何人の女の子に振られたよ!?今さらキレないでよッ!!」
「勝算100パーだと思ってた俺の気持ちを返せッ!!つか何でごめんなさいなんだよッ!?」
私は返答に困る。
困ったが……真面目なことだ。そして大切なこと。
「ええと……苗木くんには、言ったんだけどね」
私は先日苗木くんに話したことをそのまま彼に話した。
私は君が好きだ。
でもその好きが恋愛感情かは、また別の話。
「……私ね、君のこと大好きだよ。だからね、ちゃんと考えたいんだ」
友達以上、家族以上、恋人未満。
……今はそれじゃダメかな。
って、私は思うんだ。
「だから、その……今は『ごめんなさい』にしといて……」
「そんじゃ、いつ正式に答えくれるんだよ?」
「ん、んーと……せ、成人……あっ、いや、学校そ、卒業するまでには……」
「……おっし、分かった。ちゃんと答えろよ。俺は忘れねぇからな?」
「……ん。君そういうことは忘れないもんね」
数学の公式はすぐに忘れちゃうクセにさ。
「じゃ、続きな。切るぞ」
「はぁーい」
私が大人しく髪を切られている最中。
紋土くんは小さく言った。
「なぁ、好きだ。流火。頼むから、11連敗にはさせないでくれよ」
「……悲しいもんね、11連敗は」
私は笑った。
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