▽ 傍観者・3
「遅いッ!!」
「うおっ」
家に入った瞬間、俺は猫を3匹抱える流火に詰め寄られた。
「おなかすいたよ。チビスケたちのごはんを食べてしまおうかと悩むほどにおなかすいたよ!」
「……流火。キャットフードはやめなさい」
「案外悪くないよ?」
「えっ、食べたことあるのか……!?」
「ないよ。うそ」
「……何でそんな嘘つくんだよ……」
流火は常に同じ表情同じ声のトーンで喋るものだから、どれが嘘でどれが本当なのかいまいち分かりづらい。中学の頃のこの子に比べればマシにはなったが……。
「……」
俺は流火をじっと見つめる。
高校生になったのにも関わらず、子供のあどけなさを残す表情。
急に訳分からないことを言い出すその口。
どうしても目を引いてしまう赤い髪と赤い瞳。
「よっるー、よるっごはんー。白米が食べたいーっ、麺だとちょっと、悲しいのーっ」
流火は即興で考えたらしいヘンテコな歌を歌い出す。
……何で流火に惹かれるか?
それはたぶん、『目を離せない』というのが一番の理由。
目を離せないで見てばかりいるから、いつの間にか惹かれるんだ。
紋土はきっと、見事に落ちたんだ。
「なぁなぁ、流火ちゃん」
「なになに、那由多くん」
「お前、紋土に彼女ができたらどうする?」
「ええ……?」
抱っこしていた猫を全て床に下ろして、流火はこてんと首を傾げる。
「そん時になんなきゃ分かんないかなー」
……だよな。
「あっ、でも」
……でも?
「ちょっと、イヤかも」
……………………。
「ちょっと、なんだ?」
「うん。ちょっと」
ご丁寧に流火は親指と人差し指を使って“ちょっと”の度合いを示している。
本当にちょっとだった。
砂糖ひとつまみ分くらい。
「じゃあ、兄ちゃんに彼女ができたら?」
「それはありえないよ」
「……そっか」
「うん」
悪気はないんだろう。
妹は屈託なく笑っている。
「……」
よく見れば、あどけなさを残しつつ将来有望な容姿をしている。
……容姿まで、母親に似てきた。
「……流火。紋土来るから、テーブルの上のクレヨン片付けてな」
「クーピーだよ」
「はいはい……じゃあクーピー片付けて」
「うんっ」
画材を片付ける流火の横顔を見て、俺はさっき紋土に言われたことを思い出す。
もしも流火とアイツが付き合うことになったらって。
「……うん」
別に、正直に言ってしまえば、それ自体はどうでもいいんだ。
流火が必ず幸せになれるのなら、俺はこの子をすぐにでも渡していいと思える。
「那由多くん、那由多くん!今日の夕飯はなんですか!私オムライス食べたい!」
流火が笑ってくれれば、それでいいんだ。
今が幸せならそれでいい。
約束された成功なんて要らない。
……やっぱり、紋土に流火を託すなんて俺にはできない。無理だ。
今が一番幸せだから。
それこそ、“世界が終わる”レベルの事件でも起きない限り、俺は流火を手放さないだろう。
「残念だが、今日はそうめんだ」
「ええーっ、そうめん飽きたよ!」
―――今日から数えて一週間後。
流火たちに、希望ヶ峰学園からの入学通知が届けられる。
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