▽ 傍観者・2
苛立ちながらも俺はできるだけ爽やかな声を努めた。
「なんだ、元気がないな。寝てのか?」
「どうせ流火と一緒にいんだろ。分かってて言ってるとしたらかなり性格悪いぞ、本当」
「心外だな。流火につきまとってることに関して俺は口出しなんてするつもりはない」
「つきまとって……つきまとってねぇよッ!!」
いや、残念だがそれ以外に表現のしようもない。
俺から見るに紋土は流火がいなければ発狂する勢いでぶっ壊れるだろうが、流火は紋土がいなくなったとしたら何だかんだでそれを乗り越えてしまうだろう。
紋土は流火なしじゃ生きられない。……極端な言い方だが、こいつらが極端なんだ。
「本題なんだけどな……お前、また降られたらしいな」
「嫌味言うのに電話したのか……?」
「俺はそんなに暇じゃねーよ」
……ハッキリ、させようと思ったんだ。
どうして紋土がそんなに女に告白していくのか。
だって、こう言っては言い方が悪いが……本当はどうでもいいような部類だろ?
いくら紋土が惚れっぽい性格をしているからとて、本心はそこにはない。
俺は知っているから。
「お前、流火のことが好きなんじゃないのか?」
ずっと昔から、流火のことだけ見ていたのを俺は知っている。
それはどう考えても好意であり、兄妹みたいな親愛とはまったく違う。
「なんとなく好きな女より、流火に告白した方がいいんじゃないか?……結果は見えてるけどな」
「なら言うなよ。……つか、結果が見えてるから何も言わねぇんだろ。変に関係悪くしたくないしよ」
「臆病者め」
「うるせーな。年齢イコール彼女なし」
「人のこと言えねーだろが、お前」
生意気な奴。
大亜がいなくなってから更に俺に辛く接してないか、こいつ。
流火の前なら敬語使うクセに……流火がいないとこれか。
「……なんとなく好きになって、仮に、もしも、何か間違って付き合うことになったとしたら」
「何か間違ってって何だッ!!」
「……その後、お前は後悔しないのか?相手の子にも申し訳ないだろ、それって」
「―――だとしても、流火が」
「……はっ?」
どうして、そこで流火になる?
流火がどうした?
それより、何でもかんでも流火か。
本当にあの子が大好きだな、お前は。
「那由多の兄ィはよ―――流火がどうなるか分かるか?」
「……はっ、何……?」
「いや、だから……俺に彼女ができたとしたら。那由多の兄ィでもいいけど……。彼女できたら、流火はどうするのかって」
「……そりゃ、」
……未知だ。予想もできない。
「そんな状況にならなきゃ、分からないけど……」
「だよな」
「……おい、流火がどうなるか気になって告白して玉砕してんのか、お前?」
「半分はな」
「じゃあ半分は本気で告って玉砕してんのか……」
「玉砕強調すんな」
だって……それ以外にコメントしようがない。てか、したくない。
「彼女が出来た時の流火の反応」見たさに行動していることに対して言及しようものなら……危険な気がする。俺の内心的に。
「……紋土って、実は根が病んでるだろ」
携帯を少し離して、紋土に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。
言い返してくるような言葉は聞こえてこないから、たぶん聞こえてはいない。大丈夫。
俺は再び携帯を近付けて、奴に言った。
「まあ、なんでもいいか……や、よくはないんだけど……。……メール、ほどほどにしろよ。流火にだって自分の時間があるんだ。お前が独占してばかりじゃあの子が可哀想だろ」
「説教か、シスコン」
「ああ、そうだ、説教だ。シスコンだからな」
依存しているものから突然切り離してやろうとか考える程俺は愚かじゃないが……それにも限度がある。
紋土は流火に引っ付きすぎだ。女子か。
「流火と話したいんだったら直に会って話せ」
「……分かった」
「お前、夕飯食ったか?」
「……まだ」
「ならウチ来てもいいから」
「……おーっす」
俺は小さく息をついて、電話を切ろうとする。
「―――那由多の兄ィ、」
慌てて、電話を切るのを止めた。
「どうした?」
「あ……なんつーか……。仮に、もしも、何か間違って、俺と流火が付き合うってことになったら、兄ィはどうする?」
そんなもの。
愚問だ。
「殴る」
今度こそ俺は電話を切った。
そして「夕飯の仕度をしないとな」と何事もなかったように家に戻った。
prev /
next