▽ 幸せな幻想・3
正直言って。
豊火おばさんの衝撃的であり壮絶な過去など、どうでもよかった。
豊火おばさんがかつての“超高校級の画家”であったとして―――それがどうした?
今その位置にいるのは流火だ。
流火のあの才能は遺伝なんだろ。
俺は……そう思っていた。
モノクマが語る“流火”の過去を聞くまでは。
『戸叶流火さんはお母さんに憧れるだけの子供。超高校級の画家である才能など、本来彼女は持っていないのですッ!!』
『ただの絵好きな子供が何故超高校級の画家になったのか?』
『理由は簡単!何故なら……“戸叶流火は戸叶豊火から才能を奪った”からなのです!!』
『火事を経て生き残ったのは遊びに行っていた那由多クンと家にいたけれど多少の火傷と脳の損傷で済んだ戸叶さんです』
『火傷は痕は残れど治ります。しかし脳ミソはどうにもなりません』
―――そこからだった。
心臓がいつも以上に脈打ちだしたのは。
『豊火さんの脳ミソを流火さんに与えることで流火さんの命を救ったのでした!』
「……ッ……流火ッ!」
俺は食堂を飛び出した。
『まあ、そういう訳でさ、流火さんはお母さんの脳ミソのせいで超高校級の才能を得てしまったんであって、流火さん自身が超高校級の画家ではないんだよね』
流火もどこかでこの放送を聞いている……。
だとしたら、こんなに惨いことがあるか?
何が惨いって……あのクソクマは、完全に流火を潰しにかかっている。
“画家”という“才能”に縛られて生きてきた流火の存在を消そうとしている。
「流火……流火!」
どこにいるのかなんて知らない。分からない。
だけど、放っておく訳には……絶対にいかない。
「お、おい兄弟……!」
「大和田クン!どこに行くの!?」
食堂を飛び出した俺を、3人は追いかけてきた。
「どこに行くだ?ンなもん、流火の所に決まってんだろうが!」
「ど、どこにいるかも分からないのに!?」
「捜してりゃ見つかんだろーがよ!流火、流火が……変な気でも起こしたらどうする!?それこそテメェは責任とれんのかッ!?」
「へ……変な気って……流火ちゃん、ま、まさか……!」
流火は……昔っからそうだ。
自分の価値を“画家”でしか見いだせない。
そうするように、強いられてきた。
『まったく呆れちゃいますよね?超高校級の画家と謳っておきながら、実はそれは母親の才能であって、自分は何でもないんだからさ!むしろ笑えちゃう?どんだけ自分の才能を過信して溺れちゃってんの?てか母親の才能だし!』
そうだ。
流火は普通を望んでいたけれど、画家であることを安堵した。
だって。
本当に、何もないから。
流火からその才能を取ってしまえば、何も残らない。
―――と、流火のヤツは思っている。
……この状況は、まずい。
「さ、捜そう……戸叶さんのこと!大和田クン、ボクも手伝うよ!」
「ぼ、僕もだ……!!早く流火を見つけなければ……!!」
「僕、舞園さんや桑田君たちにもお願いしてくるよ!」
放送が流れる中、苗木たちは走りながら散っていった。
そんな奴らに感謝しながら、俺も走り出す。
「どこだ……流火……。どこにいる……」
自分に画家以外の価値がないと思っている流火が起こす“変な気”……。
想像したくもないが、たぶんそれは―――“画家”戸叶流火を終わらせるという選択だ。
つまり、流火が流火自身を……ということだ。
何でそんなことが分かるのかって……。
分かったんだ。
分からないけど、分かったんだ。
伊達に流火を見続けてきた訳じゃないんだ。
流火のことなら何でも知っている。
……あの火事以来の空白の時間を除いては。
悔しいが、あのクソクマの言う通りだった。
あの空白を知らなければ……流火の全てを知っているとは言えない。
空白を知らないのは……大きすぎる。
「クソッ……!」
学園内を駆けながら、俺はその空白の時間を思い出していた。
確か、俺が小学校に上がるか上がらないかくらいの時期だった……と思う。
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