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聖女のアセスメント

アズールさんが向かったのは、VIPルーム。開店前ということもあり、ホールもVIPルームも当然人気はない。

「リヴィエールさん、こちらです」

そのはずなのに部屋に入った瞬間、私は何故か違和感を覚える。何かの気配を感じる。囲まれているような、視線がこちらを向いているような。幼少期から他者からの評価を気にして生きてきたせいか、他者からいかによく見られることを大切にしてきたせいか、視線そのものにも敏感になっている。
気のせいかと思うにはあまりにも大勢のーーと視界の隅に何かが映る。物陰に隠れている人影が。いいや、既に姿が見えてしまっている。ふわふわの毛。あれは、もしかして、ジャックちゃんのしっぽだろうか。
どうしてこんな所にと戸惑うと同時に、まさかあんな分かりやすい身の潜め方をアズールさんが気が付かないはずもない。
彼が言っていたように、私の身柄がアズールさんに取られているとはいえ私自身は中立ではない。ユウちゃんたちに頑張って欲しいと思っている。ならば、恐らくは何かしらの行動を起こそうとしているユウちゃんたちからアズールさんの意識を逸らすのが重要になるだろうか。いや、でも、アズールさんの事ならとっくに気づいているのではないか。

「アズールさん、あの、何をしにここへ?開店準備です?」

仮に気がついているとして、気を逸らして早いところここから出てしまえば問題ないだろうか。ユウちゃんたちが何をしにここへやって来たのかも分からないが、きっと何か打開策を見つけようとしに来ているに違いない。情報を得るために、何かしらを得るために、頑張っている。少しでも私はここからアズールさんを連れ出すべきだろうか。

「今後の為にもリヴィエールさんにも確認してもらおうと思いまして。僕は毎日ここで確認をしているんです」
「確認、ですか」
「ええ」

口の端を上げて笑うアズールさんは、VIPルームの一番奥にある金庫の鍵に手をかける。暗証番号は私には見えないように解除し、鍵を差し込んで回す。かなり厳重にされているその金庫の奥には、目が眩むような輝きが沢山保管されていた。
金銀財宝の類いでは無い、ある意味ではそうかもしれないが。
アズールさんの大切なものと言った意味では同じか。

「……黄金の契約書、ですか?」

先程私が拾ったものと同じ。
アズールさんが誰かと取引をする際に、契約を交わす際に使用するもの。
彼が他者から必要されたという目に見える証拠。
ひと目では一体何枚あるのか分からない。紙の束。
彼は、この紙の数だけ、それだけ他者から必要とされたということか。

「1枚、2枚、3枚……フフフフ……」

黄金の契約書を、アズールさんは丁寧に丁寧に数えていく。恍惚が浮かんだ笑顔は幸せそうだ。
どこからから陰湿である、という声が聞こえた気がした。
陰湿、だろうか。
私も同じことをしてしまいそうで、何も言えない。だって、人から必要とされた証明がこうして目に見える形で残るだなんて。素晴らしいじゃないか。自己肯定が底から頂きまで満たされる。私は素直に羨ましいとすら思う。
これはアズールさんの日課なのだろうか?ある程度数えたところで彼は契約を束ねて、再び金庫の中に戻した。

「そろそろ戻りましょう、リヴィエールさん」
「も、もういいんですか?」
「はい、満足しました」

人畜無害そうな笑顔を浮かべながら、鍵をかけて。アズールさんは扉へ向かう。出ていこうとする。
早く出ていくのであればそれだけユウちゃんたちがこの部屋を調べることが出来るから願ったり叶ったりではあるのだけれど。本当に彼らに気がついていないとでも言うのか。案外アズールさんも抜けているところがあるのかもしれない。

「ふふ……」

なんて思っていたのも、扉を潜りVIPルームを出るまでの僅かな時間だった。
小さく笑い声をあげるアズールさんと、VIPルームの外で待っていたふたつの影。
ーージェイドさんとフロイドさん。
先程まではいなかった彼らの姿を見て、私は咄嗟に嵌められたのだと悟った。
懐にしまっていたマジカルペンを出そうとした瞬間、背中の方から凄まじい電撃音と叫び声が聞こえてきた。

「あばばばばばばばばばば!!」

ユウちゃんやグリムちゃんや、エースちゃんやデュースちゃん、ジャックちゃん。みんな何かしらの餌食になったのだと気が付き。慌てて踵を返す。

「ユウちゃん!?みんな!?」
「リヴィ〜……ビビビビ……」

身体が硬直したようなユウちゃん。表情には悲壮感が漂っている。
彼らの傍には、黄金の契約書が静かな電気を帯びて机の上に置かれていた。凄まじい電撃音のことを考えれば、悪さをしたのはこの黄金の契約書ということになるが。しかし、これはただの紙のはずだ。痛みを与えるものは何も無いはず。

「アハハハハハハ!」
「おやおや。電気ナマズの攻撃でも喰らったかのように震えて……」

どうして、という私の疑問の声をかき消すように。

「無様ですねぇ、みなさん」

にやにやとした笑みを浮かべながらアズールさんと双子の番人は部屋に戻ってくる。悪い笑顔だ。
やはり、アズールさんは気がついていたのか。気がついていて、わざと泳がした。アズールさんの契約書まほうについて何かしらの弱点はないかと探りをかけたまではよかったものの、アズールさんの方がひとつ上手だったようで。
でも。

「どうやら君たちは契約書を盗もうとしていたようですが……実は、僕以外が触れると電流が流れる仕組みになっているんです。残念でしたね」

でも。
それはおかしい。
彼の言葉に私は驚く。
触れられたはずだ。ついさっき、彼が不意に落としてしまった黄金の契約書を私はこの手で拾ってアズールさんに手渡したはずだ。
アズールさん以外が触れられないなんていうのは嘘だ。
アズールさんはやけに無敵の契約書であることを強調するが、そうでは無いことを私は知っている。
ハッタリだ。
ユウちゃんたちは今この瞬間の出来事しか知らないから。アズールさんの契約書に触れただけで電流が流れるのだという先入観を得てしまった。
違う。違うことをなんとかして伝えないといけない。

「大事なものを盗もうとする悪い子にはお仕置が必要ですね」

ぱちん、とアズールさんの指が鳴る。合図だ。
傍らに控えているジェイドさんとフロイドさんはすっかりやる気に満ちていて、彼らの魔法が猛威を振るう。寮長として立場も実力のあるアズールさんは無論、彼の両腕として暗躍する双子もそれ相応の才能と実力を持っている。
下級生の彼らでは相手にするのは厳しい。防御を展開していくのですら、危うい。

「ユウちゃん!こっちに!」

何より、魔法の使えないユウちゃんは確実に守らなくてはいけない。魔法を宿さない人間が強力な魔法をその身に受けてしまった時の最悪だなんて考えたくない。
威嚇目的であろう契約書の電撃とは違う。
ユウちゃんを庇うようにして、私は防御魔法を展開しておく。少なくとも、この子はこれで守れるはずだ。叶うのならばエースちゃんたちも守ってあげたいのだが、その規模の完璧な防御魔法は今の私では力不足を自覚している。幸い彼らは彼らで、健闘してくれていた。

「クソッ、召喚魔法は得意じゃねーけど……出でよ、大釜!」
「おまっ、僕の真似するな!」
「昨日も言ったじゃん。そんなん当たんねーよ!巻きつく尾バインド・ザ・ハート!」

いつもならばデュースちゃんが使用している大釜の召喚魔法。今日はエースちゃんが大釜を召喚する。
普段使わない魔法ということもあり、やはり拙さが目立つ。脆さを突くように、フロイドさんの魔法は大釜を弾く。その大釜は勢いよく逸れてーー盛大な音を上げて金庫に当たる。
がしゃん、という大きな音とアズールさんの顔色が変わったのは同時だった。

「フロイド!!どこに向けて魔法を打ってるんだ!金庫に向けて逸らすやつがあるか!!」
「あ、ごめーん」

カラカラとしたフロイドさんの笑顔とは対称的なアズールさんの顔面蒼白。激昂。
愛しい人に寄り添い、慰めるように、アズールさんは金庫の安否を確認する。扉に傷を見つけると、この世の終わりが訪れたかのような表情を浮かべた。指先で小さな傷跡を撫でる姿は、哀愁が漂う。
恋人を傷付けられたかのように、アズールさんはフロイドさんをキッと睨みつけた。

「ユニーク魔法を考え無しに使うのはやめろといつも言っているだろう!何度言えばわかるんだ!?」
「ゴメンって。ちっせー傷がついたくらいでそんな怒んなくてもいいじゃん」
「壊れてからじゃ遅いんだよ!!」

金庫の傷で癇癪を起こすアズールさんと不貞腐れるフロイドさん。それを宥めるように見つめるジェイドさん。
手がかりについて何か持ち帰ることが出来ないとしても、ここで大怪我を負わなくて済むのであれば、一目散に逃げるという選択肢が正しいだろう。

「ユウちゃん、グリムちゃん、今のうちに逃げて!」
「今がチャンス!アバヨッ、なんだゾ!!」
「あっ、待ちなさい!」

逃げ足だけは速い。
逃げ足の速さは絶対的な信頼がおける。
問題児故の信頼だろうか、もしかしたらみんなは不服かもしれない。
散り散りと逃げていくグリムちゃんやエースちゃん、デュースちゃん。
追いかけようとして、しかし不規則に逃げる彼らに狼狽えた様子のアズールさんの横目に、私は徐にユウちゃんの腕を引っ張って引き寄せた。
こつん、と額が当たる距離にまで。

「触れられるよ」

そして、一言だけを伝える。

「リヴィ……?」
「こうして、触れられるの。無敵なんかじゃない」

ユウちゃんの腕を掴む手のひらに少しばかり力を入れて。顔が少し引きつったところで力を緩めた。

「リヴィ、それって」
「何してんだ、ユウ!早く行くぞ!」

ジャックちゃんに首根っこを掴まれて、ユウちゃんは私と視線を絡ませたまま引きづられて行った。嵐のように、アズールさんから見た不届き者たちは無事逃げ切った。
ひとまずは安心して、私とユウちゃんとのやりとりが勘づかれていやしないかと不安になったのだが、どうやらその心配はないらしい。
フロイドさんは叱られてやる気を失い、我関せずとしている。アズールさんもフロイドさんのペースに乗せられつつ、少し熱くなっているようだ。幼子のような様子に、意外な一面を見てしまったと思う。

「……はぁ」

深くため息をつくアズールさんの横を、拗ねたフロイドさんと彼のお目付け役を頼まれたらしいジェイドさんが歩いていく。フロイドさんは午後の講義をサボるらしい。

「……アズールさん、お茶でも淹れましょうか?」
「……リヴィエールさんは監督生さんたち側の人間のくせに。本当に誰にでもお優しいんですね」

苦い顔をするアズールさん。
私は監督生補佐役なのだからそれはそうだ。しかしどうしてか、アズールさんはそれが気に入らないようだった。どうしてか、は、分からない。

「オンボロ寮の横に貴女の植物園があるとジェイドが言っていました。薬草でも育てているのですか?」
「ええ。美味しいハーブティーを淹れられますよ」
「では、それを」
「はい、喜んで」

私の返答にアズールさんは再度ため息をつく。
気苦労が絶えないのだろうかと思ったが、どうにもそのため息は先程フロイドさんに向けたものとは違っているような気がした。

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