pkmn小説(短編) | ナノ
 君のまぼろしを過去に描く

「お兄さん」だなんて呼ばれる度に、その信頼と親愛に応えられるような人柄であろうと思う。
その無邪気な笑顔と無垢な好意に見合うような、綺麗な笑顔と真っ直ぐな心でいられたのならと願う。

「お兄さん!ヒョウタお兄さん!おはようございます、今日も良い天気ですよ!」
「ああ、おはよう。リンゴちゃん。今日も手伝ってくれるかい?」
「もちろん!居候ですから何でもやりますよ!私も元気になってきましたし、ゴロウさんはこんな小さく見えても力持ちですから!」

元気な返事をしてくれた彼女は自身の頭の上に乗っているミズゴロウに目配せをする。彼女のミズゴロウ……、ニックネームゴロウさんは、小さく、けれども彼女と同じように威勢良く鳴くと元気に片手を上げた。それを見て思わず口元が緩んでしまったのはボクの気のせいではない。
ーーリンゴちゃん。
彼女はホウエン地方から遥々このシンオウ地方にやって来た少女だ。ミズゴロウとキャモメを連れてクロガネ炭鉱にいたのを見かけたのがボクと彼女の出会い。良い意味でも悪い意味でも、彼女との出会いは忘れられそうにない。ーー彼女は今言った通りにボクの家に「居候」をしている。それは、決して軽いとはいえない怪我をしてしまった為だ。
クロガネ炭鉱で初めて出会った彼女は今と同じような人懐っこい笑顔を浮かべながら「こんにちは!」とボクに笑いかけた。パートナーと思われるミズゴロウとキャモメはそれぞれ肩と頭に乗っており、彼女がポケモントレーナーであることは一目瞭然だった。ジムの挑戦者で、ボクを捜しに来たのだろうかと思ったボクは彼女と軽く言葉を交わして本題に入ろうとしたのだが、その時、あまりにも奇跡的なタイミングでそれは起きた。地震だ。ポケモンの起こしたようなものではなく、自然のもの。こういう時に、炭鉱夫としての長年の経験が活きたのは幸いと云うべきか。彼女の頭上に大きな石が転がってきていることに気が付いたボクは声よりも先に行動に出た。彼女の腕を引っ張ってその場から退避させようと、……したところまでは良かった。けれども、自然のものに対して無理に抵抗してやろうなんていうのがあまりに愚かだったのだ。横揺れは長く、彼女の腕を引っ張ったと同時にボクもバランスを崩した。幸い受け身は取れた。彼女も、女性で申し訳ないとは思いつつボクの方に密着させた。彼女のポケモンも、それぞれ回避してくれたようで怪我もなかった。「大丈夫かい」と当の彼女に目を向けてみれば、彼女の代名詞のような明るい笑顔で応えてくれていた。そこまでは良かったのだ。「ありがとうございます」と「すみません」を交互に繰り返しながら彼女はボクの上から退こうとしたが、それが、上手くいかなかった。その時の彼女のキョトンとした表情といったら、自分で自分の状態を理解していない子供そのものだった。自覚のない怪我は、痛みを感じるまでが遅い。力が入らない、と困ったように笑っていた彼女は、笑っているのにも関わらず今にも泣き出しそうな顔だった。彼女の脚が落石に埋もれているのを見て悲痛な鳴き声を上げたのは彼女のポケモンの方で、きみ達のトレーナーを守れなくてごめんねとボクは今でも思っている。
埋もれた彼女を担いで急いで病院には運んだものの、すぐに良くなる訳では無い。この街のジムリーダーとしてリンゴちゃんの面倒を見ることになったのが、居候の経緯。ボクは彼女のここでの保護者……のつもりだ。親と言うよりは妹という年齢が正しいかもしれない。

「おや、リンゴちゃん。もう歩けるようになったのかい?」
「はい!まだ走ったり木登りはできませんけど、ゆっくりなら!」
「木登りするの?お転婆だなぁ、リンゴちゃん!」
「木の上に秘密基地とか作るんです!」
「ヒョウタくん、ちゃんとリンゴちゃんのこと気にかけてあげるんだよ」
「お兄さん優しいから大丈夫ですよ!」

ジムトレーナーたちも炭鉱夫たちも、街の人たちも、リンゴちゃんのことをよく気にかけてくれていて彼女の姿を見るなり声をかける。近所のおばさんはリンゴちゃんによかったらときのみを沢山くれる。話を聞いているとどうやらボクがいない間にも彼女は独自のコミュニティを築いているらしい。街の人たちと仲良くなるのはいい事だが、ボクも把握していない人間関係が生まれていることには単純に驚く。少し、尊敬もする。

「リンゴちゃん、色んな人と仲良くなれるね」
「皆さん親切ですからね」

にこり、と屈託なく笑うリンゴちゃん。裏表のない全力の笑顔。
天真爛漫。明朗快活。天衣無縫。そんな言葉を並べて、どれもリンゴちゃんに似合うなぁなんて思う度、ボクは彼女からの信頼に重圧を感じる。
果たしてボクは彼女の信頼に見合うような男だろうか?疑問だ。彼女が独自の人間関係を作る度に、ボクの元から離れていくんじゃないだろうかというどう言い訳しても良しとは言えない感情に見舞われる。ボクがいくら庇護欲を掻き立てられたところで、彼女は根無し草のように好きなところに飛んでいってしまうから。
彼女の向ける「お兄さん」という呼称に似合う人間でいたい。
薄暗い独占欲の芽生えは、知らないふりをして。

「このへんの片付けをしたらいいんですよね!」
「うん。お願いね。ボクの目の届くところにいて欲しいな」
「お兄さんったら心配性ですね、ちゃんといますよ!」

ジム前で落ち葉をかき集めるリンゴちゃんは、「あとでこの落ち葉使ってきのみでも焼きませんか」と笑う。その光景があまりにも馴染んでいて、リンゴちゃんが居なかった前の世界を思い出せずにいる。
リンゴちゃんが帰る日のことを考えて、嫌だなと思ってしまう時点でたぶんボクは彼女から「お兄さん」と呼んでもらうに値しないのだろう。彼女からの信頼と親愛に応えられても、その無邪気な笑顔と無垢な好意に返すにはボクの心とは差があり過ぎた。


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