pkmn小説(短編) | ナノ
 視線のゆく先は残光

※パシオ軸前日談

「忘れ物はない?」
「それ、10回目ですよ」

ワールドポケモンマスターズの開催地である人工島パシオへと向かう前日。お兄さんは何度目かの確認を私に取っていた。お兄さんってば心配性なんですからとおどけながら、私は準備万端ですよと言わんばかりに最低限必需品が入っているバッグをぽすぽすと叩く。それでもお兄さんは心配そうな顔をしてゴロウさんにも「リンゴちゃんは大丈夫そう?」なんて本人を目の前にして尋ねる。そしてゴロウさんが威勢良く返事をすると「そっか、ゴロウさんが言うなら大丈夫かな」と少しだけ安心したような顔をするのだ。解せない。もう少しだけ私のことを信じてくれても良い気がする。

「だって今までに行ったことがない場所だろう?いつも以上に気を張るのは大切だよ」
「大丈夫ですよー、私としてはひみつきちが作れるような土地であれば何かしらあっても生きていけますから」
「リンゴちゃんは全地方にひみつきちを作らないと気が済まないの?」
「別荘のようなものです!お兄さんはいつでも寝泊まりしていいですからねー」
「あはは…ありがとう」
「お兄さんは特別なので!」
「うん、それは嬉しい。けど。でもね、本当に気を付けてほしいんだよ。これから行く場所にはボクもいるし、君の知り合いだっているかもしれないけれど、知らない人だっているんだ。様々なトレーナーがいる。良いトレーナーも悪いトレーナーも。君は、人の悪意に敏感かもしれないけれど、悪意への対処法を知らなすぎる」

長めの言葉に私は苦い顔を浮かべながらお兄さんを見上げる。お兄さんはいつもより真剣な顔だった。いつもの優しくて穏やかな表情に馴れきってしまった私にとって彼の険しい表情はどうしても胸のあたりがざわついてしまっていけない。これも心配の形だと分かっている。愛の一種であると分かっているから、想われているのが伝わってしまうから、何も言い返せなくなってしまうのだ。

「リンゴちゃんは、ボクのことを心配性だなんて言うけれど……」

苦い顔をしたままの私に対して、お兄さんは困ったように微笑んだ。彼はそのまま私の右手を強く握ると、それを自分の額に当てた。懇願するような、祈るような行為に似ている、なんて思った。

「ボクをこんな心配性にさせたのは、一体誰?」

優しい視線がこちらに向けられているのを感じる。お兄さんの緋色の瞳と目が合うと、私は思わずにんまりと笑ってしまった。

「私です」

悪戯っ子のような私の声音に、お兄さんは肩を竦めながらもしょうがないなぁと言わんばかりの顔で笑みを浮かべている。
私の手はお兄さんの額から離れるが、手は握られたままだった。離してしまったらどこかに行ってしまうとでも思われているんだろうか。さすがに家の中にいて、いきなり飛び出したり居なくなったりだなんてしないのだから、安心してほしいと云うに。

「いい?リンゴちゃん。どこでだって、ボクの側から離れないでね」
「はーい。それじゃあお兄さんも私の側から離れないで下さいね」
「ボクの方から君の側を離れることが一度でもあった?」
「ないですけど」
「でしょう。置いていかれるのはいつもボクだ」
「それはあれです、追い付いてこなきゃ」

わたしがからから笑い返すと、お兄さんは頭を抱えて苦笑している。けれど、そこに愛着や親愛の念があることは理解していた。本気で呆れられている訳じゃない。だから私は、思ったままに言葉を発することができる。
とかくこの人は心配性で、私の面倒を見るのが好きなのだ。異性としての愛情を持っているし、交わしているにも関わらず、お兄さんは、ヒョウタさんは、「お兄さん」の役割を好んでいる。元々、そういう気質なのだと思う。私は私で、構われるのも甘やかされるのも好きだ。需要と供給ではないけれど、相性としては合致している。長いお説教は勘弁と思うことが多いが、この人の側いることは嫌いじゃない。離れないでと不安にならずとも、私は離れるつもりなんてない。確かに向こう見ずに走ってしまって、お兄さんを置いていってしまうこともあるけれど。
お兄さんのことが、好きなので。
離れるつもりはないし、大好きだ。安心してほしい。

「リンゴちゃん」
「はい」
「忘れ物はない?」
「それ、11回目ですよ、お兄さん」

同じような問答の数回目に私はいよいよ苦笑しながら答える。心配してくれるのはありがたいがゴロウさんにもちゃんと確認してもらったのだから、忘れ物に関しても安心してほしいなぁと思う。

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