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雨模様で笑い咲け

「赤城さんって、紫陽花みたいな女の子ですよね」
「はっ、」

青葉くんの突拍子もない一言に、私は言葉の衝撃をそのまま全身で受け止める。
受け止める、で合っているのだろうか。
無抵抗だったところへいきなり銃弾で撃ち抜かれたような、そんな一方的なものだったかもしれない。
青葉くんは元々よく分からないことを言う人だが、今日も今日で変わり者なようで何よりだ。
異性から色鮮やかな花のようだと喩えられるのも、女の子だと当たり前のことを改まって突きつけられるのも、私にはどうにも慣れなくてくすぐったくて、ただでさえ高い声が更に高く上がってしまった。
高すぎる音は不快になる。
しかし青葉くんは、そんなことも気にせず首を傾げながら笑っているが。

「念のため、念のために聞いておくんだけど。一体どういうところが似てるって?」
「色鮮やかなところですよ。赤城さんの歌声みたいじゃないですか〜」

呑気な青葉くんの返しに、私の心は順調に殺されていく。
青葉くんの真意が読めない、分からない。
彼が私の歌声を褒めるメリットとは何だろうと考え出しては止まらなくなる。
彼曰く私は彼の友達なのだそうだから、そこには何か企みが働いている訳でもないのだろうが、警戒はする。
こればかりは私が学院にいた頃に付いてしまった癖だ、致し方ない。
私のことを友達だと言って笑いかけてくれる青葉くんのことを「信用していない」と言ってしまえば話はそこまでで。
私と彼の関係は実に簡潔に終わってしまう。
しかし、私は自分がとても人間らしいということも理解しているので、独りでいてはいつか潰されてしまうというのも自覚している。
学校にも行かず、あちらこちらで働いている私にとって、同い年との……青葉つむぎとの会話は重要だった。
学科は違えど、同じ学院だったこともあって……、彼が時折話してくれる学院のことはかつて在籍していた私にとって、溶け込みやすい話題だった。
だから、青葉くんとの関係は切らない。
切れない。
非生産的な話であっても、いくらでも続けていられる。
……それで、青葉くんの言葉に殺されていくのだから、私は被虐趣味でもあるのかもしれない。
なんて冗談っぽく考えてみたところで、私は青葉くんが心配そうにこちらを見ていることに気が付いた。
さっきまど笑っていたのに、どうして今はそんな顔をしているのだろう。
今にも泣き出しそうで、こちらが戸惑う。

「……青葉、くん?何?どうしたの?」
「い、いえ……赤城さんの反応があまりにも薄かったので……、い、嫌だったかなぁって」
「ああ……なるほどね……」
「嫌でした?」
「んーん。別に嫌じゃない、っていうか、そんな顔しないでほしいっていうか。私がいじめてるみたいでしょ」
「そ、そっか、嫌な訳じゃなかったんですねっ、ならよかったぁ」

泣き出しそうだった顔から一転、青葉くんは嬉しそうな笑みを溢す。
それこそ、雨みたいな笑顔で。
落ちて落ちても止むことを知らなそうな笑みだと思った。
嫌だ、とは言わないけれど。
嬉しい、とも言わないのはずるいだろうか。
しかし紫陽花に喩えられたのなら、それらしく応えてやろうじゃないかという一種の私らしさだ。
紫陽花の花言葉を思い出しながら、私は青葉くんにしては露骨な嫌味か皮肉ではないだろうかと考えてしまう。
「移り気」だとか、「無情」だとか、「高慢」だとか。
確か、そんな花言葉が羅列していたような気がする。
色によってもまた少しずつ意味合いが変わったような気がするが、そこまでは思い出せない。
思い出せないからといって、調べようとは思わない、……ああ、そうだ、私のこういうところだ。
そりゃあ青葉くんも私のことを「紫陽花みたいな女の子」だなんて露骨に伝えてくる訳だ。

「赤城さん自身、紫陽花似合うと思うんですよ!なんというか、絵になるっていうか……!赤色の紫陽花があれば、きっと赤城さんに一番似合っただろうなぁ」
「へぇ、青葉くんの中じゃ私って赤い花が似合うんだ」
「はい、似合います!ああ、でも、どうでしょう……薔薇、とかはイメージにないかもしれません」
「あはは、薔薇は似合わないか。ふふっ、そうだね、薔薇は……ええっと、五奇人の彼のイメージがあるしね、」

インパクトは強かったはずなのだが、名前が思い出せずに私は私が覚えている言葉であの人のことを説明した。
青葉くんは「確かにそうですね」とだけ笑って、そこから会話が膨らんでいくことはなかった。
いや、うん。
別に、いいのだけれど。
青葉くんが名前を出してくれるかと期待していたものだから、しかし、そうではなかったらしい。
あの人の名前は何だったかと若干もやもやはするが、どうせ120秒もすれば忘れることなので、別に、いいのだけれど。

「それに赤城さんは女の子だから、可愛い花がよく似合いますよ。やっぱり」
「それは……どうだろうね」

女の子、という言葉に変な声が出そうになる。
思わず私は青葉くんから目をそらして、曖昧に笑っておいた。
私の中の、どこか裏側の方で心が死んでいく音がする。
歌声を褒められた時とは違った意味で、死んでいく。

「似合いますよ、花言葉だって赤城さんにぴったりです」
「……青葉くん、はっきりそこまで言うの?実は私のこと嫌い?」
「えっ?そんなことないですよ!?俺、赤城さんのこと大切な友達だと思ってますよ!?嫌いなんてそんなっ、」

青葉くんのとんでもない!とでも言うような表情を見る限り、悪気はないのだろうと思った。
純粋な悪意か、むしろただの純粋な考えなのか、……どちらにしろ、厄介であることに違いはない。
しかし、どうやら私と青葉くんの間では、少々認識の違いかあったらしい。
らしい、というのは青葉くんの次の言葉で理解をした。

「だって、紫陽花の花言葉って、元気な女性とか家族の結びつき……とか、ありますよね?赤城さんは元気というか、いつもきらきらしていて眩しい感じですけど……、それに、家族のことだって大好きじゃないですか。歌を捨ててまで、自分のことを捨ててまで、家族のために働いていて……!」

つまりはそういうことで、どうやら彼は良い意味合いとして、それを捉えているらしい。
そりゃあ、悪気も何もないはずだ。
彼は手放しで私を褒めたのだ。
ああ、なるほど。
また心が死んでいく。
青葉つむぎに殺されていく。
私はもう何度彼に殺されたのだろうか、途中から数えるのも止めてしまった。

「赤城さんは大家族のお姉さんで、家族みんなを支えている柱じゃないですか。俺、尊敬しますよ。俺なんて、親に生んでもらったこの恩を一生かけても返せそうにないですから!」
「親に生んでもらった恩、」
「はい」
「そんなの、私だって一生かけても返せそうにないよ。青葉くんが思っている以上に私は親不孝だよ」
「ええっそんなの困ります!赤城さんに無理なら、俺はもっと無理じゃないですかっ」
「青葉くんはいちょっと私を買い被りすぎなんだよ。私は、そこまですごい人間じゃないしさ。それに、そこは“お揃いですね”くらいに喜んでいいんじゃない?」
「あんまり嬉しいお揃いじゃあないですね」
「本当に」

私がカラカラと笑ってみると、彼もカラカラと笑った。
笑い方が似てきたのか、あるいは似せているのか。
どちらにせよ、感化している。
私と青葉くんは似た者同士、とまで言うつもりはないけれど、いいや、それでもお互いに物好きなのに違いはない。
でなければ、こんな関係はいくらか変わる。
それとも既に途絶えている。

「でも、赤城さんとおんなじものがあるっていうのは嬉しいです。……なんて、烏滸がましいですか?」
「そんな風には考えないけど。うーん、そうだなぁ……それじゃあ、」

だが、彼との会話を終わりにしたくないと思う。
いくら不毛でも、他でもない私自身の為に。
彼も私と話すことに有意義か何かを感じているのならば、彼にとっては少なくとも不利益という訳ではないのだし、そう思えば私にとっても、まあまあ悪いことではない。

「青葉くんと紫陽花に似てるよ」
「えっ、俺は……そんな色鮮やかじゃないですってば〜」
「そうだね、なんというか……もっさくなったもんね」
「髪の毛を見ながら言わないでくださいよっ、もうっ」

青葉くんが不貞腐れたように頬を膨らませる。
女子高生がやったら可愛らしいだろうその動作は相手が青葉くんだと考えると絶妙に似合わない。
男に可愛いも何もないけれど、……ああ、でも、アイドル科のユニットに可愛い男子生徒だけのユニットがあった気がするし、青葉くんを先輩と慕っていた後輩くんも可愛い部類のようだった気がする。
青葉くんだから、そう思うのだろうか。
可愛くはない。
紫陽花のようだとは言ったが、それは彼が私に言ったように「女の子には可愛い花」が似合うから、という訳ではない。

「辛抱強いじゃない?青葉くんって」
「えっ?」
「ううん、何でもないよ」
「ええっ、すみません、ちゃんとよく聞いてませんでした……!!も、もう1回!」
「既に過ぎ去ってしまったものはもう取り返せないんだよ?ふふっ、災難だったね、青葉くん」

意地悪のつもりはないが、思わずくすりくすりと笑ってしまう。
私の意図を知れば、青葉くんは私を悪女だなんだと言うだろうか。
いいや、そうとも言わず赤城さんらしいですねなんて言って、雨みたいに笑うかもしれない。
そちらの方がずっと青葉くんらしい。

「あのさぁ、青葉くん」
「は、はい、赤城さん!」
「雨、止まないねぇ」
「……はい、止みませんねぇ」

雨宿りの屋根の下、遠くに見える紫陽花は雨に打たれようとも綺麗に笑っていた。
ああ、やっぱり、あの花は私よりも彼に似ているじゃないか。


雨模様で笑い咲け
(笑と咲は言葉がよく似ている)
(それはきっと、元々は似たようなものだったからだ)

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