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君と貴方は既に死刑囚

鳥の求愛行動のようなラブソングだと、偽物の青い鳥は笑っていた。
あれが貶し言葉なのか褒め言葉なのか、私には判断しかねる。
確かであるのは、私の歌声に対して、彼はいつでもいつまでも笑っているということだった。
鼻唄を奏でながら、共のバイト先であるフラワーショップで花束を作る。
曲は、彼が笑ったか嗤ったかした鳥の求愛行動のようなラブソング。
フラワーショップの店主はメロディーのみのそれに綺麗な音楽だねと見たまま聞いたままを褒めてくれはしたが、きっと彼ならば単純に褒めてくれるだけではないのだろうなと思った。
彼の事だ、空気の読めない発言をしながら私の心を殺してくれるに違いない。

「わぁ、赤城さん。それ、例のラブソングですね?また誰かを誑かそうとしているんですか?」

そう、例えばこんな風に。
想像してみたら言葉にあろうことか音声までついてきた。
腹立たしい、とはやはり思わないのだけれど、私の心は彼の言葉で死んでいく気がする。
それにしても、想像にしてはあまりにクリアな音声だった。
まるで目の前に本人がいるかのような。

「あれっ、無視ですか……?確かに俺は嫌われてるのかもしれませんけど、そんな徹底的に無視されたら悲しくなっちゃいますよ」
「……青葉くん?」
「つむぎでいいですってば。名字で呼ばれるの好きじゃないって……あ、これ、赤城さんには言いましたっけ?」

花束を作っていた作業台から顔を上げれば、とってつけたような笑顔がそこにあった。
深海のように暗い藍色に、それよりはいくらか淡くなった青色のメッシュが入った髪。
落ちるような先の見通しが立たない眼を隠しているような地味なフレームの眼鏡。
かつては私も着こなしていたはずの、制服。
偽物の青い鳥。
彼の名前は、ああそう、青葉つむぎだ。
いつの間に、ここにいたのだろう。
いつの間に、店の中へ入ってきたのだろう。
私はお客様が来店したら挨拶することを欠かさずにいたのだが、彼が入ってきたことにも気が付かなかったのは作業に集中していたせいか、それとも彼の気配がなかったせいか。
きっと後者だと思うのだが、後者では彼自身への問題と課題が大きすぎる。
胡散臭さが服を着て歩いているような人間ではあるが、青葉つむぎはれっきとしたアイドルだ。
それは彼自身がよく知っているだろうし、あの学院に在籍していた私自身も分かっている。
もっとも、私がいたのは彼のいるアイドル科とは違う声楽科だったが。
しかしそんな話はもう関係のないことだから良いのだ。

「青葉くん、何しに来たの?花でも買ってくの?」
「いえいえ、買い出しついでにこの辺りのお店を回っていたら赤城さんの姿が見えたので、ちょっと寄ってみたんです」
「……冷やかしにきた?」
「まさか!友達の姿が見えたから挨拶だけでもって思うのは普通でしょう?運が良ければちょっとお話しできたらいいなくらいで……、……もしかして、迷惑でしたか?」

迷惑か迷惑じゃないかと言われたら、おそらく迷惑の方に気持ちが傾く。
私はアルバイトとはいえこれに全ての生活をかけている訳なのだから。
どうであれなんであれ、仕事を邪魔されることにいい顔はできない。
いいや、しかし、ここで私が首を傾げたのは青葉くんの「友達」という言葉だ。
友達、友達の意味ならば分かっている。
意味も、定義も、概念も、ちゃんと、しっかり。
私と青葉くんが友達?そりゃあ首を傾げよう。
私と彼はその言葉に当てはまるような関係だっただろうか。
私のその考えは声にこそ出ていなかったものの、顔にはあからさまに出たのだろう。
空気を読むことが下手くそな彼にも、それは伝わったようだ。
私が何を思っているかまでは分からない様子だったが、私の表情が決して明るいものではないことには気が付いている。

「赤城さん……?ええと、やっぱり俺、迷惑でした?」

迷惑は迷惑だ、こちらは仕事中なのだから。
しかし私の意識しているところは今は違うところにあるのでそれはきっぱり否定しておくことにする、今は。

「ああ、いや、そうじゃなくってね。私と青葉くんが友達っていう、」
「そっちの方に難しい顔を……って、つまり赤城さんは俺のこと友達だって思ってくれてなかったんですか!?」

青葉くんがこの世の終わりのような顔をしたが、私からしてみればその問いも更に困惑、戸惑いへと繋がっていく。
そんな質問を、そんな嘆きを訴えられるとは思わなかった。
友達に思う思わない以前に、そもそもそんなに親しかっただろうかという疑問が浮上する。
私と彼は同じ学校だったとはいえ、学科は違う。
私はアイドルとしての彼の評価評判を聞くことはあれど、実際にアイドル活動をしている彼というものを見たことがない。
会話はあっただろうか、あったかもしれないが、そこまで親しかった覚えはない。
記憶に、思い出に、あまりにも彼の存在が少なすぎる。
友達だと認識する為の、判断材料が少なすぎる。
まず、質問がおかしいのだ、友達と呼べるほどの間柄ではないのに、そんな問いに答えられるはずがない。
学歴云々の話ではない。
私の学力、理解力が乏しい訳ではないと思う、たぶん。

「酷いですよ、赤城さん……、俺は赤城さんのいる合唱祭や合唱コンクール、全部観に行ってるのに……」
「はっ!?」
「あれ、何でそんなに驚くんですか?」
「いや……は、初耳なんだけど……」

久々に、我ながら間抜けな声をあげたと思った。
青葉くんが私の歌を聴きに、私が出た合唱関連のイベントには全て来ていたと言うのだ。
そんな事は初めて知った、知る由もなかった。

「最初に聴いたのはいつだったかもう覚えてないんですけど……、でも、君が夢ノ咲に入学する前だったのは覚えてるんで、ずっとずっと昔の話ですね。何の曲だったかな、課題曲じゃなかったのも覚えてるんです。ソプラノの、ソロパート。赤城さんの声が、ホール全体に響いて……、俺、すごいなって思ったんですよ。マイクがある訳でもないのに、あんな綺麗な歌声があんな声量で。きっと、セイレーンの歌声に誘われた船乗りたちって、あんな気持ちだったんですよ。俺、赤城さんが同い年なんて信じられなかったくらい……それくらい、君の歌声って、圧倒的でした」

マシンガンのように青葉くんの口からは言葉が溢れ返る。
やや興奮気味に、頬を紅潮させながら、目はキラキラと輝く。

「青葉くん、すとっぷ、ちょっとすとっぷ」

手放しに褒め千切られているという事を理解して、私は一旦彼に制止をかける。
歌声を褒められる事は大して珍しいことではない、私が唯一褒められた特技であることは確かだ、ただ、それを職にするには才能と環境が見合わなかっただけで。
実際、青葉くんが私の歌と歌声が好きだというのは、彼との邂逅の中で何度か言葉として聞いていた。
褒めると同時に、殺しながら。
そう、彼の言葉はいちいち突っ掛かるものだから。
「赤城さんの歌声は綺麗ですね、俺とは大違いです」───自分を卑下するのは相手を持ち上げて褒める為の手段であるが、彼の場合その感覚が世間一般とは少しずれているようで、困る。
手段なのか、本音なのか、いまいち判断しかねる。
青葉つむぎという人間が、これっぽっちも分からない。

「あのね、青葉くん。今の青葉くんの話じゃ、私と貴方って友達とかじゃなくて……、貴方が私のファン、みたいになっちゃうけど、」

もとい、歌うことをやめた私にファンだなんだと言うのもおかしな話だろうか。
だが、青葉くんは合点がいくような表情になったので、私が言わんとすることはどうにか伝わったらしい。

「本当だ、言われてみたらそうですね。うん、いや、でも、……はい、そうですね。俺は、赤城さんのファンですよ。赤城さんの歌声が好きです。赤城さんは俺のこと嫌いかもしれませんけど、俺は赤城さんの歌で勇気をもらってて……ええっと、赤城さんの歌に、知らず知らずの内に誑かされたような男ですから」

前言撤回だ。
何一つとして彼には伝わっていなかったようだ。
また私には分からないようなことを、言葉を、つらつらと重ねていく。
そもそも私が青葉くんのことを嫌っているというのも、私自身が知らない分からない話だ。
好き嫌いを判断するほど私と青葉くんは親しくない、何度でも言おう。
それに、私が嫌っていると思い込んでいる割には私と彼が友人関係だと、彼の頭の中で認定されていることがまた混乱を招く。
2回目だ、青葉つむぎという人間が、これっぽっちも分からない。

「あー……ははっ、まあ、いいんです。覚えてなかったら、それで。そういう無自覚なところも赤城さんらしいですから」
「覚えてないって、何をよ?」
「んー、俺たちが2年の頃の……、……って、本当に覚えてないんですね?その怪訝そうな顔は、」
「……青葉くんとの思い出?そんなのあったかな……、2年の時……?んんー……?」
「ああもう、酷い人ですね、赤城さん」

青葉くんが、悲しそうに目を伏せた。
しかし、その顔は笑っている、咲くような微笑みだ。
悲しいとその瞳は訴えているくせに、顔は幸せに笑っているものだから、……まるで存在自体が矛盾していると思ってしまった。

「赤城さんの歌声は、みんなを幸せにできるって、俺、思ってたんですよ」

その言葉が過去形であることに、私は何か言うべきだっただろうか。

「……そうなの、」

私は、ただ返事をしただけだった。
青葉くんは私が反応したことに対して満足したようで、その目に悲しみは既に落とされていなかった。
私は、考えるのが得意ではないのだ。
他人の気持ちを察して行動しろだとかいうのは、そういうのは、得意な人に願いたい。
私みたいな音を吐き出すだけのおもちゃみたいなやつに求めるものではないだろう。

「……ごめんなさい、お仕事中なのに。本当に、邪魔しちゃいました。今作ってる花束、俺買っていきますよ!それください!」
「……3000円ね?」
「高いっ!?で、でも、それくらいするものもありますし……!?」
「嘘。冗談。580円のごくごく普通のプレゼント用でも何でもない合わせものよ」
「……でも、赤城さんが作ってくれたものですから、俺、大事にしますよ!」

作り終えた花束を、青葉くんは愛しそうに見つめていた。
そんな慈愛に満ちた表情が出来るのかと、しかし普段から穏やかな性質をしているのが彼だったと思い出しながら私はため息をつく。
3回目になる、青葉つむぎという人間が、これっぽっちも分からない。

「じゃあ、また来ますねっ、赤城さん!」

見つめられるものが全て真実だと思うから、分からないのだろうか。
私があまり賢い人間ではないということを差し引いても、因子はそこら中に転がっている。
ならば、最初から考えるということを放棄してしまった方が楽だ。
あれは、偽物の青い鳥。
いっそ、彼の言葉の全てが嘘ならばこちらも騙されやすかったに決まっている。


貴方と君は既に死刑囚
(君の好き嫌いの感覚は思考そのものを殺している)
(貴方の好き嫌いの感覚は君そのものを殺している)


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