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惚れた方が負け

藍堂さよりの記事は、時折高い評価を得る。オカルトマニアのさよりはその知識の量が膨大だ、厳密には都市伝説や怪異、心霊的なものに対しての知識が深く、そうした不可思議事を好む閲覧者は記事の担当者がさよりであると「これは当たりだ」と思うことが多いらしい。さよりの文章は俺や他のライターに比べれば稚拙なものだが、読めないことはない。その分、豊富な知識でカバーされている。そもそも他の編集部が校正にも入るから、変な文章が出回ることもない。
今日も事務所に最後まで残って原稿や片付けを進めていたさよりを連れて、近くの居酒屋に来た俺は注文も適当に済ませ、対面に座るさよりを見つめる。さよりはお通しでやってきた煮物をアホみたいに幸せそうな笑顔で食べていた。見た目は本当に悪くない。素材がいい。惚れた弱みを抜きにしても美人だと思う。

「……んぁ、三刀屋さん?何見てんすか。なんかついてます?」
「あとはその喋り方だな、お前敬語はちゃんと使えるようにしとけよ」
「なんすか、急に」

唐突に何を言い出すんだとでも言いたげな湿っぽい視線。どことなく呆れたような顔をしていて、それが上司に向ける顔かと俺は思わず顔を顰めたくなった。まあ、こんなんだからオカルトサイトの編集部なんて怪しい職場で働いているのだろうが。俺みたいな人間が編集長だからか、基本的にうちの事務所はやることさえやってくれれば緩い。服装も勤務時間も好きにしろと思うし、口調もまあ、意思疎通が取れるなら構わない。さよりのへんてこな服装や口調にも慣れた。

「ああ、いや。そうだ。別にそんなことを言いたかったわけじゃねぇ。お前のこと、褒めようと思って」
「え。なんで」
「この前の記事、評判良かったからな」

俺はスマホを操作して、さよりが先日書いた記事を開く。さよりに見せようと思い予めブックマークしてあるから、すぐに出すことが出来た。さよりが書いたのは、異界駅についてのまとめだ。きさらぎ駅だとか、おに駅だとか。都市伝説の類が好きな層には勿論、ライト層でもそれくらいの名前は聞いたことがあるからか、閲覧数が伸びている。

「よくまとめられてた。異界駅っつっても、特性はそれぞれ違うだろ、中には同一視するやつもいたり、あるいは山手線みたいに繋がってるもんだと思ってるやつもいるからな」
「実際きさらぎ駅は最初きさらぎ駅だけだったのに、いつの間にかかたす駅を越えて次はやみ駅って、設定が追加されてったんすよね。でも、ある意味では正しいってわたしは思ってますから、人間だって進化してここまで歴史を重ねて繁栄してきたわけじゃないっすか。人間の科学や叡智を越えた存在の怪異が停滞してくわけないんすよ、停滞すればあとは衰退だけっすから。怪異も日々進化して、時代に適応して、新しい設定を人間から付与されて生き長らえてく……怪異だって、そういうもんすよ」

神秘的ですね。理不尽ですね。怖いですね。さよりはそう言わんばかりににんまりと笑って俺のことを見つめる。いつもより細められた瞳は、まるで恋をしているように恍惚としていた。ああ、やっぱり、こいつは俺と同じくオカルトに囚われてる。ひとくちにオカルトと言っても、UMAだったり陰謀論だったり、ジャンルは様々枝分かれしていく。俺やさよりは1番オーソドックスだ。オカルトな時点で普通も何もないかもしれんが。
ふと、さよりが俺と同じで良かった、なんて思った。
職場でも私生活でも、こうして趣味について話を重ねられるのがとても幸福だ。公私共にパートナーでいてほしい、という言葉は、喉元まで来て咄嗟に飲み込んだ。意気地がない。うるさい。まだ、俺からは言えない。

「さよ、なんか食いたいもんあるか?」
「ええ?三刀屋さんがさっき色々適当に注文してくれたから特にはー……あっ、でも食後にデザート食いたいっす!アイス!」
「わかった、わかった」

俺は、さよりのいい上司だ。さよりは、俺のいい部下だ。きっと俺たちの関係は世間的に見れば恋人同士と言っても差し支えないのだろうが、まだ言葉として好意を交わしていない以上、恋人とは言えない。俺もさよりもお互いを好き合っているのはなんとなく分かっているが、それを言葉にしないのは変なプライドがあるからなのか、それとも今の関係が1番居心地がいいと考えているからか。
さよりはオレンジジュースを飲みながら、俺が褒めた記事について更に思考を深めた解釈を語っていく。諸説あるうちのひとつをピックアップして、それを前提として、怪異の新たな可能性について切り込んでいく。おいおい予めそれを記事にしろよ、とは思ったが、まあ次回のネタに困らないという意味では良いのか。
楽しそうに語るさよりの笑顔に世界の色彩が色濃くなっていくのを感じながら、俺は彼女の話に聞き惚れていった。

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