パルフォン | ナノ

箱庭に帰る前に連れ去って

わたしが思っているよりも三刀屋さんはわたしのことを気にかけてくれているようで、大切と思ってくれている。少し過保護なくらいかもしれない。シフトが入っていない時にもメッセージが送られてきて、仕事の内容だろうかと思えばそんなことはなく、「今何してる?」といった中身のない内容。あんたはわたしの彼女かと思わず言いたくなる。付き合ってすらいないのに。
今日も大学の講義中に三刀屋さんからメッセージが送られてきた。「今夜暇か?」だそうだ。あんたはわたしのなんなんすかという何度目かも分からない疑問が生まれる。三刀屋さんに可愛がられている自覚も好かれている期待もそこそこある。ただの上司と部下と云うには距離が近すぎる、そもそもただの上司と部下が同じ部屋で寝泊まりするなんてなんて倫理がないんだ。わたしと三刀屋さんの関係は後ろめたいものなんてない健全なものだとは思うが、付き合っているのかといえば付き合っている訳ではない。名前のない曖昧な関係。でも大切にされているから、よく分からない。三刀屋さんが何を考えているのかわたしにはさっぱり分からない。

「ねえ、さより。あんたって彼氏いるんだっけ?」
「べ、別に三刀屋さんとはそういう関係じゃないけど!?」
「は、誰よ、みとやさん」

隣にいた友人からいきなりタイムリーなことを振られて、わたしは思わず狼狽えて返してしまった。わたしの様子に友人は不思議そうに見てきたが、これといって気にすることもなくもなく「じゃあさ」と前置きをする。

「今夜って空いてる?合コンの数合わせで来て欲しいんだけど」

わたしは先ほど三刀屋さんから届いたメッセージを思い出しながら、少し悩む。たぶん三刀屋さんはわたしを夕飯に連れて行ってくれるのだろう。そしてそのまま一緒に三刀屋さんちのマンションまで帰る。わたしと三刀屋さんのいつもの日常だ。

「んんー。うん、まあいいよ。わたしでいいのかは分かんないけど」
「へーき、へーき、さよは見た目は良いから」
「見た目は」
「うん、見た目は」

引っかかる言い方をしつつも友人は嬉しそうにありがとうと笑って凄まじいスピードでスマホの画面をタップし始めた。たぶん、合コンのメンバーにでも連絡しているのだろう。わたしも三刀屋さんに断りの連絡を入れなければとスマホを見る。少しだけ心苦しいが、まあ三刀屋さんとはほぼ毎日顔を合わせているのだし、たまには友人を優先しても良いだろう。最近は友人といるよりも三刀屋さんといる時間の方が長いような気がするし。わたしは「友人との用事があるので今日はごめんなさい」とだけ送る。それに対して。三刀屋さんからの返事はなかった。まあたぶん、仕事中だからだろう。
結局三刀屋さんからの返事はなく、わたしもそれを特に気にすることなく友人に引っ張られる形で小洒落た飲み屋街に連れ込まれる。
男四人、女四人での合コンらしい。わたしはこういうのにあまり参加しないからこれが多いのか少ないのかも分からない。わたしは数合わせでここにいるのだから、あまり出張る必要もないだろうけど。

「藍堂ちゃんって何が好きなの?」

……そう思っていたのだが、ひとり、わたしの対面に座っていた男性がしつこいくらいに会話を振ってくる。最初こそ戸惑ってどうしたらいいのか友人に訊いていたが、友人は「興味がないのならテキトーに合わせてればいいのよ」とだけ耳打ちをして、お目当ての男性に狙いを定めてアピールに必死になっているようだった。わたしは置いてけぼりを食らった猫のような気分になりながら言われた通りそれなりの会話で流すことにする。

「ええと、ホラー映画とか……都市伝説とか?」
「へえっ、怖いのが好きなんだ?じゃあ今度一緒に遊園地とか行かない?怖いオバケ屋敷とか調べておくから!」
「ああいやっ、わたし作り物には興味ないっつーか!」
「え?」
「ガチのやつっつーか、本物が好きなんで……?」
「……あはは、藍堂ちゃんって面白い子だね」

人の良さそうな笑顔を浮かべる男性にわたしはなんて疲れる人なんだろうと思った。愛想笑いをしているからだろうか、それとなく会話を合わせられているからだろうか。相手はたぶんオカルトに興味がないだろうに、わたしの話を聞いては嫌な顔せずににこにこにこにことしている。普通の人ならば熱意の入ったオカルトトークに大なり小なり引いた目線を送ってくる。彼のようにこうして嫌な顔せずに話を聞いてくれるのは良いことなのかもしれないが、わたしとしては張り合いがない。三刀屋さんみたいに何かしら反論をくれたり、別の視点や別の説を持ってきてくれる人の方がいい。まさかこんなところで三刀屋さんの良さを再確認することになるとは思わなかった。
男性は最後の最後までわたしの話を一方的に聞いてくれた。結構マニアックな都市伝説まで披露したと思うのだが、「藍堂ちゃんって詳しいね」とそれとなく褒められて終わりだ。愛想笑いにも疲れたが、ただ喋るだけというのも疲れた。合コンの時間が途方もなく長く感じられた。

「さよ、あんたこの後どうする?彼とふたりでどっか行ったりするの?」
「え、何で?」
「なんでって……あんたあんなに良い感じだったのに?」

良い感じ、そうか。周りからはそう見えていたのか。飲み屋の外に出ると何故かわたしはずっと話をしていた男性の隣に添えられて、このままでは置いてけぼりもといふたりきりにされると咄嗟に感じた。さすがにそこまで鈍くない。男性もわたしに何かを言いたそうにそわそわとしている。たぶんこの後ふたりでどこか行こうというお誘いの言葉をどう伝えようかと考えているのだろう。健気だ。ひたすらオカルトの話をする女のどこが良かったのだろう。思うことは色々あれど、なんとか丁重にお断りしなければと考える。
たぶん悪い人ではないと思うが、三刀屋さんと一緒にいる方がいいなと思ってしまう時点できっとこの人に失礼だろう。

「あ、あの、すみません、わたし……」
「おい、さよ。やっと終わったか」
「はい、ええと三刀屋さんがいるので……って、あ?」

申し訳なくも三刀屋さんを断るためのダシに使わせてもらおうとしたところで聞こえてきた聞き覚えのある低い声に、わたしは思わず三刀屋さんのような反応をとってしまった。幻聴かと思って顔を上げると、そこにはやけに青ざめた男性の顔がある。わたしのオカルトトークを聞いてもずっと笑顔だった人が何故こんなに狼狽えているのだろうと思えば、理由はわたしの背後にあった。

「おい、帰んぞ、さよ」
「……三刀屋さんじゃん!?なんでいるんすか!?」

わたしが振り返ると、すぐそこに人相の悪い男が立っていた。やけに不機嫌そうで、どことなく殺気立っている。わたしは三刀屋さんはいつもこうだからと分かるが、三刀屋さんのことを何にも知らない人が彼のことを見たら裏家業の人だと勘違いするんじゃないだろうか。人相悪いし、目つき悪いし、片腕はないし、ファッションセンスはヤンキーだし。三刀屋さんはわたしの手首を掴みつつも、その視線は合コン相手の男性へと向けられている。やけに意地悪く微笑んで、三刀屋さんは言う。

「さよりを選ぶとはなかなか見る目があるな、お前。まあ、……譲ってやれないが」

そんなことを告げて、三刀屋さんはわたしの手首を掴んだまま歩き出す。わたしは通り過ぎる最中に慌てて「おつかれさまっしたあ」と挨拶だけ済ますが、それ以降の意識は全て三刀屋さんに向いた。三刀屋さんに引っ張られていたのから歩幅を合わせるように歩いて、肩を並べる。

「三刀屋さん、なんでここにいるんすか!?」
「編集部のやつがな、さよが飲み屋街に男といるって言ってたから」
「いや男の人とふたりでいた訳じゃないっすよ?女の子っつーか……友達もいたし、そもそも友達の頼みで合コンの数合わせで参加したんすもん」
「あ?お前俺との用事よりも合コンの方が大事なのか?」
「友人の頼みですってば!わたしと仕事どっちが大事って聞いてくるめんどくせえ彼女かよ!」

わたしの言葉に三刀屋さんはあからさまに不機嫌そうなそうな顔をするが、すぐにいつも通りの、それでもまあまあ人相の悪い顔つきに戻る。面倒臭い彼女かと思うところは確かにあるが、こういうところは大人だ、ちゃんと頭では理解してくれている。

「……お前、嫌なら最初から嫌って言えよ」
「いや、嫌っつーか友達の頼みですから」
「そっちじゃねえよ、男の方に対して。お前、コミュ障のわりにヘラヘラ愛想良く笑うし、明るいし、口数多いから勘違いされやすいかもしれないが、コミュ障なんだからよ」
「コミュ障コミュ障うるさいですが!?」
「だからああいうのに参加してる男はもしかしたらって期待するんだろ。しかもお前のことだから好きなことをずらずらと並べて喋ってたんだろうから、ああこの女は自分に好きなことを惜しげもなく提示してくれてるんだなと思う。さっきのやつもたぶんお前に好かれてるって思ったに違いないぞ。なかなか悪女だな、さよ」
「ひ、人聞き悪い……!つーか無言でいるのもなんか印象悪くないっすか……こう、あからさまというか。形だけでもやっとかないと友達にも悪いし……」

こういうところが、三刀屋さんが言うようにコミュ障だというのだろうか。人に気を遣い過ぎているのか、あるいは考え過ぎて、踏み込みすぎているのか。

「まあ、今回は俺もお前のいる場所が分かったから良かったけどな」
「……そうだ、三刀屋さん何でわたしのこと迎えに来たんすか?断りの連絡入れてたのに」
「友人との用事っつったって、そんな夜通しかかるもんじゃないだろ?」
「また三刀屋さんちに連行される……」
「いい映像が手に入ったんだよ、それを見せたかった」

それもそれで、別に今夜じゃなくてもいいのでは……とは思ったが、わたしは何も言わない。何か言おうとして、結局何も思いつかなくて「そうっすか」とだけ返した。同じ男の人だが、三刀屋さんと一緒にいるのは疲れないし、どこか行くのに振り回されるのも特別嫌な感じはない。
わたしは、自分が思っているよりも三刀屋さんに大切にされて、気にかけてもらっている。可愛がってもらっている。好いてもらっている。これもある意味では期待なのだろうか。けれど、わたしと三刀屋さんはやっぱり付き合ってはいないのだ。だから、三刀屋さんが何を考えているのか、わたしにはよく分からない。

「そういや三刀屋さん、譲ってやれないとか言ってましたけど、あれどういう意味っすか」
「なんでもねえよ」

三刀屋さんが何を思っているのか、わたしにはちっとも分からない。

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