パルフォン | ナノ

その欠片は不十分

×ルナフォンクロスオーバー×

三刀屋さんに連れられてやって来たのは歌舞伎町だった。三刀屋さんがこういう所に行くのは珍しいなと思っていたら、なんでも情報屋さんというのが居るらしい。令和にもそういうものがあるのかとわたしの戸惑いも無視して三刀屋さんは一見普通の雑居ビルの一室の扉を叩く。

「お行儀良くしてろよ、さよ」
「猫被っとくのは得意っすよ」

そんな軽口を叩き合ってからしばらくして、部屋の中からどたばたという何やら穏やかではない音が聞こえてくる。喧しい音の後には静寂が。更にその後、キイと控えめな音を立てて扉が開いた。情報屋、なんて言うから一体どんな怪しい人が出てくるのだろうと思えば、中からわたしたちを出迎えてくれたのはとんでもない美人だった。

「よっすー、三刀屋くん。待ってたよ」
「相変わらずで何よりだ、月舘」

月舘と呼ばれた眼鏡美人は人の良さそうな笑みを浮かべて三刀屋さんとわたしを部屋の中に招き入れた。部屋の中はお世辞にも綺麗とは言えず隅の方は無法地帯と化していたが、客間と思われる空間は辛うじて治安が保たれている。

「この子が三刀屋くんお気に入りのさよちゃん?」
「気安くさよって呼ぶな」
「はいはい。さよちゃん、何か飲む?言ってもビールかお茶か珈琲しかないんだけど」
「じゃ、じゃあ珈琲で」
「はあい。砂糖とかミルクはどうする?」
「あっ、そのままで」
「へえ、さよちゃんブラックいけるんだ。おっとな〜」

月舘さんは気立ての良い美人さんという言葉がよく似合う。嫌味のない気持ちのいい人だと思った。
月舘さんから出された珈琲を飲みながら、わたしは三刀屋さんの用事が終わるのを待つ。三刀屋さんと月舘さんは少し離れたところで真面目な顔をしながら言葉を交わしていた。何の話をして居るのかはよく分からないが、二人が話している姿はとても絵になる。三刀屋さんは人相が悪いが、整った顔立ちをしていて格好いいと言っても差し支えない。美男美女が並んでいると目の保養になるし、正直お似合いの恋人にも見える。わたしと三刀屋さんが並んで歩いていたところで恋人同士だと思ってもらえることの方が少ないが、月舘さんのような美人で大人の女性であれば何も言わずとも恋人だと思われるのかもしれない。まさかこんなところで子供であることを感じるとは。

「さよ、帰るぞ」
「あ、もういいんすか?」
「ああ、次の取材場所が決まった、……助かった、月舘。また何かあれば頼む」
「はいはーい。またね三刀屋くん。さよちゃんもまた一緒に来てねー」

ひらひらと手を振る月舘さんに見送られながら、わたしと三刀屋さんは歌舞伎町の人波をくぐり抜けていく。この通り過ぎる何人の人がわたしと三刀屋さんが恋人だと思ってくれるのだろう。良いところで友人、悪いところで人相の悪い男による女子大生の誘拐だ。

「……月舘さんでしたっけ?美人っすね」
「そうか?」
「三刀屋さん目でも肥えてるんすか?あんな美人なかなかお目にかかれませんけど。三刀屋さんの好みとは違います?あれ以上の美人をご所望っすか?」
「お前は何言ってんだ……」

三刀屋さんはあからさまに呆れたような顔をしてわたしを見ている。自分でも分かっている。これは醜い嫉妬のようなものだ。嫉妬までいかずとも、羨望だ。羨んでいる、恨めしい。わたしでは埋まらない時間を易々と埋めているあの女性をいいなあなんて叶うことのない子供じみた願いを叩きつけている。そこまで思考が働いて、一種の賢者モードのようにわたしはさあと心身共に冷え込む。脳みそが冷える。

「ああ、いや、えっと、なんでも……」
「もしかして月舘に嫉妬してんのか、さよ」
「ぎゃー!なんでもないって言ってんのに!」

三刀屋さんは意地の悪い笑みを浮かべながらにやにやとしてわたしを見下ろしている。この人はいつもそうだ。わたしに何も言ってくれないくせに、「俺はちゃんとさよのことを想っている」なんて面をして。ちゃんと言え、左腕と違って口も声も無事なんだから。言ってもらわなければ、言霊は宿らない。言ってもらわなければ分からないことは多い。……まあ、今はその表情だけで何を思っているかなんて簡単に分かってしまうが。
おそらく。可愛いところあるな、さよ。だ。

「可愛いところあるな、さよ」
「三刀屋さんって何考えてるかいまいち分かんないのに期待を裏切りませんよね?」
「あ?褒めてんのか、貶してんのか」
「どっちも」

なんだか嫉妬するのすら馬鹿馬鹿しくなってきてしまう。わたしが考えるよりもずっと三刀屋さんはわたしのことを大切にしているし……たぶん、わたしに好意を持っていることをそこまで難しいことにしていない。上司とか部下とか。大人とか子供とか。たぶん、そういうことを三刀屋さんは良い意味で考えていない。三刀屋さんにとっては、わたしが藍堂さよりという事実だけが重要なのだと思う。

「お前も黙ってれば美人だぞ」
「一言余計なんすよね」

三刀屋さんに手を引かれながら、わたしは三刀屋さんのことを見上げる。三刀屋さんはどことなく上機嫌で、そんな三刀屋さんを見ていたら、心の中にあった羨望も恨めしさもどこかへと霧散していってしまった。

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