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あなたが纏えば素敵な呪い

わたしと三刀屋さんの余暇時間は、基本的に夜。夕飯を食べ終えて、お風呂にも入って、寝落ちするまでの時間。同じことをしているというよりは、各々好きなことをしていて、事柄の共有よりも時間と空間の共有をしているだけというのが正しい。三刀屋さんは記事のネタになりそうなことをスマホや書籍で調べているし、わたしはネタ系ブログの巡回をしている。時々面白いなぁと思うものがあれば三刀屋さんにちょっかいをかける。三刀屋さんも同じ。
今日はわたしが先にちょっかいをかけた。

「三刀屋さん、三刀屋さん。三刀屋さんにとって、結婚って人生の墓場っすか?それとも人生の始まりっすか?」

今読んでいたのは、結婚とは人生の始まりなのか墓場なのかという検証ブログ。いい夫婦の日に上げるにしてはなかなか鋭利な記事だと思う。
三刀屋さんはわたしの言葉を聞くとげんなりしたような顔をして、くだらないと言わんばかりに小さく息を吐いた。おおよそ予想通り。

「さよは?どっちだ?」

しかし会話のキャッチボールはしてくれることから、三刀屋さんの優しさを感じる。いや、三刀屋さんからしたら飼っている子猫をよしよーしと構ってやってる感覚なのかもしれない。

「わたし?わたしは、別に。考えたことなかったっす」
「お前女だろ、男より女の方がそういうの気にするんじゃないのか?」
「三刀屋さん、思考が化石なんすよ。今の時代女の幸せが結婚だって決めつけるのは火種になるので気をつけた方がいいっすよ。勿論、女の結婚は幸せだと考える女性もいるでしょうから人それぞれですけど。わたしはそうじゃないんで」
「それもそうか、お前世間一般的な女じゃないもんな」
「世間一般的とか普通とかいう定義も決めつけないでください、多数派少数派ってした方が穏便です。三刀屋さん、SNSとか始めるとき気をつけてくださいね」

三刀屋さんの妹さんが名前を隠さずネットの海に流していたことを思い出しながらわたしは苦笑する。三刀屋さんは彼女のようにふわふわとしたタイプではないだろうが、いや、しかし、抜けているところがある。
文章を構成する能力もあるし、彼の書く記事はこれ以上ないくらい面白い。ただ、言葉足らずなところがあるからそうした「人格」が出易いSNSは三刀屋さんには向いていないと思う。CULTOを巻き込んで炎上しそう。
と、本題に戻る。

「わたしは死ぬまでずっとオカルトに寄り添って生きていくって思っていたんで。むしろ今がイレギュラーなんすよ。これがずっと続くんだとしたら、隣にこうやっているのが三刀屋さんなんだとしたら、結婚は人生の墓場というよりは人生の始まりって言っても良いのかもしれないっすね」

真剣に答えた後で、ハッとする。なんだか、プロポーズ紛いな事を言った気がして。
違います、とでも言おうと思ったが間違いではない。オカルトに、怪異に惚れ込んでこの世界に飛び込んだけれど、同じところに三刀屋さんがついて来てくれるのなら、三刀屋さんを道連れにこの人生を歩いていくのもいいと思っている。少し違うだろうか?三刀屋さんがついて来てくれる訳じゃない。三刀屋さんもわたしも向かう場所が同じなだけ。
三刀屋さんは茶化してくるかと思いきやそんな事はなく、むしろわたしが思いのほか真剣な回答をするものだから真剣な顔をして何やら考え込む。三刀屋さんも真面目な回答をくれるのだと悟った瞬間、わたしは何故が背筋が伸びてしまった。妙に緊張してしまう。

「昔は……」

三刀屋さんが控えめに口を開いた。
瞳は一瞬どこかを泳いで、しかし最終的にはわたしの方に戻ってきた。

「地元にいた頃は、結婚なんて人生の墓場だって思ってたな。あんな田舎での結婚、地獄だぞ。プライバシーなんて無いだろうし、子供もとい孫はせがまれるだろうし、旦那の仕事だ女房の働き具合だのマウントが激しい、考えただけで気が重い」
「それ、どっかで見たんすか?」
「さぁな」

これ以上は話したくない、と口を割らない三刀屋さんは誤魔化すというよりは本当に思い出したくないと苦虫を噛み潰しているかのようだ。親戚か、知り合いか。もしかしたら本当にどこかで見て聞いた体験談かもしれない。
三刀屋さんが小さくため息をついた後で、手に持っていたスマホを地べたに置く。
空になった右手はわたしの頭をポンとひとつ叩く。撫でていると叩くの、丁度中間くらいの強さだ。

「まあ今は、お前と同じだよ。行く先にお前もいるなら、結婚は人生の墓場じゃなくて人生の始まりであって……願わくばお前とずっと歩いていたいよ」
「うわ」
「あ?……んだその反応は」
「恥ずって思って」

真剣な声音は、真面目な言葉はどうも苦手だ。茶化したくなってしまう、ふざけてしまいたくなる。耐えられない。何かこう、恥ずかしさや照れや、嬉しさや、そうした感情がミキサーに掛けられたようにぐちゃぐちゃとごちゃまぜになって、爆発してしまいそうで。
バイト記者の端くれとして簡潔に示すのだとしたら、これはきっと嬉しいという感情なのだろう。それ以上に、恥ずかしいけど。

「三刀屋さんって結構朝メシのノリで結婚するかって言うタイプの人なのに、掘り下げてみたらちゃんとしたこと考えてるし、言ってくるんすよね」
「朝メシのノリでプロポーズなんてしてねぇよ」
「イメージっすよ」

わたしは自分の頭に乗せられている三刀屋さんの手のひらに、自分の両手を重ねてみる。指先で三刀屋さんの手を撫でれば、ごつごつとした男の人の手だという感触の他に、冷たくて滑らかな金属の感覚。三刀屋さんの妹さんが三刀屋さんに贈った珊瑚石の指輪。今も三刀屋さんの中指で、曇ることなく輝いている。
結婚指輪は本来左手の薬指にはめるのだろうけれど、三刀屋さんには左手がない。かといって、妹さんからの加護が込められた指輪を外す日が来るのかと考えるとそれは認められない。わたしが許さないと思う。妹さんからの指輪とわたしとの結婚指輪を隣同士で並べるのも、なんというか、わたしが嫌というか。妹さんからの指輪のおかげで三刀屋さんは今もこうやってピンピンとしている訳だし、これからも元気でいて欲しいから一生その指輪を着けていろなんて思う。

「さよ?どうした?」
「いえ、なんでも。ただ、わたしと三刀屋さんが結婚するとしたら指輪は買わないと思うので、何か他のものを考えないとなぁて思っていたところで」
「は?なんで指輪買わないんだ?」
「みんとさんからの指輪があるからでしょうが!」

反射的に答えて、わたしは今しがた考えていたことを懇切丁寧に三刀屋さんに説明してやる。三刀屋さんは一通り聞いてくれたが、全て聞き終わると、わたしが質問を投げかけた時と同じようにげんなりとした顔をして、

「めんどくせぇなぁ、さよは」

そう呟いて、呆れたように笑っていた。

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