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瑞々しい屈折

ふとインターネットの広告で目に入ったそれがやけに焼き付いて離れなかった。別にやましい事とか下心なんかは一切無くて、いいや嘘だ、下心は少しばかりあったかもしれない。しかし下心以上にさよりが喜びそうだなという気持ちが大きかった。
灰色の猫をイメージした下着。落ち着いた色をしている割にはデザインやレースは凝っていて、俺にその感覚はよく分からないが可愛いという評価が値するのだろう。下着自体には何の思い入れもないがこれを着ているさよりは見てみたいし、可愛いだろうと思った。
だから、言い訳をするとしたら完全にその時のノリだった。俺はさよりにプレゼントしてやるかと思っていたそれをネット通販で購入したことを綺麗さっぱり忘れていた。さよりと食後の余暇時間を過ごしていた際に荷物が届いてやっとそれを思い出したくらいだ。その時の気分で行動するのは恐ろしいなあとどこか他人事のように考える。

「三刀屋さあん。なんか届きましたけど。これなんすか?わたし開けても良いやつ?明後日ダンボール回収来る日なんで潰すなら今の内っすよ」

運送業者から荷物を受け取りリビングに戻ってきたさよりは不思議そうな顔をしてばんばんと小包の上蓋を叩いている。一応は俺の荷物なんだからもっと丁寧に扱え、と思うくらいにはまだ俺にも余裕があった。さよりにやるか、と思ったのは自分のくせにいざその場面に対峙するとどうしてくれようかと言葉を濁す。我ながら、馬鹿馬鹿しい。思春期のガキじゃあるまいに。

「あー、それな……さよに渡すやつだよ」
「えっ、わたしに?今日ってなんかありましたっけ?」
「何もないけど、なんとなく。たまたまネットの広告に出てきたから、なんつーか……あー、お前に似合いそうだなと思って」

言葉の端々に予防線を張りながら、俺は喋りながらさよりから顔を逸らす。なんとなく恥ずかしくなってきた。何を言ったところで女に下着をプレゼントしている時点でどんな反応をされるかなんて大体予想がつくのだからいっそ開き直ってしまえばいいのに、妙なプライドが邪魔をする。

「似合うと思うってことは、衣類ですか?……あはは、三刀屋さんのセンスかあ。心配だなあ」

そんな可愛くない言葉を吐きつつも、横目に見えた表情は嬉しそうにはにかんでいた。年相応で、ああ、可愛いななんて思う。下着をプレゼントされたと分かった時にこの表情はどう変わるのだろう。……セクハラ上司は序の口として変態と言われることくらいまでは覚悟しておこう。
嬉しそうにしているさよりを微笑ましく思う気持ちと軽蔑の目で見られたらどうするかという心苦しさに苛まれる。こちらの気持ちなど知る由もなく、さよりは遠慮がない様子で小包を開けた。
何が入っていたのかはすぐに理解したらしい。そりゃそうだ。毎日身につけているものだろうから。

「……彼氏から下着贈られるってのは友達の話とかでよく耳にしてたんすけど。まさか三刀屋さんに下着プレゼントしてもらえる日が来るとは思わんかったです」
「言うな。というかそんなしおらしい反応すんな、恥ずかしいだろ」

てっきりおどけた暴言でも飛んでくるかと思いきや、俺の予想に反してさよりの方も照れて困惑している様子だ。いつもの調子で軽口を叩いてもらった方がまだ救われる。恥ずかしそうに照れて、生娘のような拙い動作で下着に触れてそれを見つめるさよりに思わず喉が鳴った。そそられる、とはきっとこういう感覚だ。やることなんてとっくにやっていて、今更照れるような関係じゃないだろうに。

「猫ちゃんすね。灰色だから、ロシアンブルーとか?ブラとショーツのリボン、青色ですし」
「種類とかは分かんねえよ。猫だったから、あーさよに似合うだろうなって思って、気がついたら買ってた」
「へー。着てるわたしとか想像したんすか?」
「少しな」

先ほどよりも余裕が出てきたのだろうか。それともプレゼントした下着のデザインがさよりの好みにぴったりと当てはまったのだろうか。さよりは灰色の猫をイメージした下着を手に持って服の上から重ね合わせている。下着なのだから服と違って試着とかもないだろうに、なにが分かるんだと苦笑する。まあ女にしか分からない感覚というのもあるんだろう。
辿々しいさよりの反応に若干そそられはしたものの、下着を仮で身に合わせているさよりに対してがっつくほど俺は飢えていなかった。そこまで若くないということか。どちらかというと、微笑ましさの方が勝る。
妙な照れ臭さはいつの間にか消えていて、嬉しそうなさよりの笑顔に救われたような気分になる。
……と、思っていたのも束の間だった。
俺と視線が絡み合ったさよりは健康的な肌色をした頬をほんの少し赤らめて、好戦的に微笑む。

「三刀屋さんのえっち」

前言撤回だ。俺はまだ若い。

「さよ、今すぐそれ着て俺の指輪外せ」
「え、嫌ですけど。何でプレゼントしてもらったものを早々に汚されなきゃならないんすか」
「どうせ脱がすんだ、汚れねえよ」
「三刀屋さんもうちょっと雰囲気大事にするとかそういうのありません?」
「挑発してきたのはお前の方だろ」

俺はさよりの方に向けて右手を差し出す。「みんとさんに見られているみたいで気まずい」と言っていたさよりの意思を尊重しているあたり、俺は大人だと思う。さよりは恨めしげに中指の指輪を見つめていたが、やがて諦めたように指輪に手を伸ばす。指輪を外している最中に「三刀屋さんのセクハラ上司。変態」という彼女らしい細やかな抵抗の言葉を聞きながら、ああ調子が戻ってきたなと俺は口元を緩めた。

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