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その唇であやして

片腕を失ってから、煙草を吸う量が減った。事務所で缶詰になっていたり、仕事が修羅場だったりする時にはどうしてもストレスが溜まってしまって吸うのだが、以前ほど美味しいとは思わない。火を変えた事が理由だろうか。百均のライターだと風に煽られてしまい上手く火がつかない事が多かったから、ターボライターというやつにした。百均のライターに比べて明らかに味が落ちる。さよりは「火が違うだけでそんなに変わるんすか?」と不思議そうにしていたが、変わるのだ。不思議な事に。
さよりはさよりで気を遣ってくれているのか、煙草の匂いが嫌いなくせに「わたし、火つけてあげますよ!」とよく言ってくれる。ありがたいが、さよりは18歳だ。酒も煙草も知らないさよりが当然ライターの扱いなど得意なはずが無い。火をつけるのが下手くそというか、いちいち戦々恐々としていて、危なっかしい。見ているこっちがハラハラとする。

「チャッカマンとかは着けられるんすけど……」
「火事になる、馬鹿」

そんな軽口を叩くこともありながら、そのまま煙草の量が自然と減る日々は過ぎていった。元々健康に害を及ぼすもので、さよりも煙草は好きじゃないと言っていたから丁度良いと思っていたのだが、口寂しさは消えない。
煙草味のキスが嫌いだというさよりの嫌悪感を緩和させる為に買い続けている飴玉も、いつの間にか俺の口寂しさを誤魔化す為に舐められる事が多くなった。
それに対してほんの少しの寂しさを覚えているのは、どうやらさよりの方らしい。

「三刀屋さん、最近甘い匂いがする」

煙草くさくない、という言葉と、どことなく寂しそうな表情は感情が噛み合っていない。さよりからしたら喜ばしいんじゃないのかと思っていたが、そこは複雑らしい。

「何暗い顔してんだ?お前、煙草の匂い嫌いだろ?」
「煙草の匂いは嫌いですけど、三刀屋さんからする煙草の匂いは好きっすよ。なんつーか……わたしにとってはそれが三刀屋さんの匂いなんで」

猫のように控えめにすんすんとこちらの匂いを嗅いでくるさよりは、訝しげに表情を歪めて肩を竦める。

「今は三刀屋さんと、安っぽくて甘ったるい匂い」
「慣れないか?」
「そっすね。でも、三刀屋さんの匂いはするから変な感じ」

妙に元気がないさよりに俺は戸惑う。どうしてやればいいのか明確な答えが出なくて、困った時の頼みの綱だとでもいうように、俺はポケットから煙草を出した。箱を揺するようにして、振動で上がってきた煙草を1本咥える。家の中ならば風に煽られて火が消えることも無い。煙草を咥えたまま、俺は百均のライターで火をつけた。

「……ふーっ……」

やっぱり、百均のライターでつけた方が煙草が美味いと感じる。

「……何だ。お前の好きな煙草吸ってる三刀屋さん、にでも見惚れてんのか?」

横から感じる視線に俺は思わずほくそ笑む。
俺が煙草を咥えたあたりからまじまじと見ていたらしいさよりは、惚けるように目をとろんとさせて口を半開きにさせている。俺に笑われてはっとしたらしいさよりは、それでも表情は変わらず恥ずかしそうだ。

「いやぁ……いい男だなぁって思ってたんすよ」
「だろ?お前の彼氏だ」
「はー、わたしのカレシ、カッコイイなぁ」

いつも通りノリの軽い会話をしていると、体のストレスが少しずつ霧散しているのを感じる。さよりとの会話もそうだが、自分が思っていたよりも俺は煙草に飢えていたようだ。自然と機嫌が良くなっていく。ついでに、さよりが煙草を吸っている俺を好きだと言ってくれたのもある。

「さよ」

煙草を一旦灰皿の上に置いて、俺はさよりの名前を呼ぶ。さよりは緊張した面持ちで何故か背筋を伸ばしていた。……そんなつもりは無いのかもしれないが、俺からしたら期待されているようにも見える。俺の願望でもあるだろうか。
空っぽになった指先で、さよりの頬をなぞる。

「三刀屋さんの手、タバコくさい」

さよりが嫌そうな顔をしたが、そんな表情と反対に、声は嬉しそうだった。そんな声を出す唇に誘われるように、さよりの口を自分の口で覆う。
「苦い!」という甲高い悲鳴がすぐ目の前から聞こえてきて、俺はまた笑ってしまった。

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