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瞳にハートを描けたのなら

若い女は分からない。いいや、これは女心が分からないとでも言うのだろうか。頬を膨らませて三刀屋さんとはもう口を聞きませんと言った様子でそっぽを向いているさよりは分かりやすく不機嫌だ。2人で休日を過ごしていただけのはずで、さよりがいきなり不機嫌になった……が、しかしさよりが理由もなく不機嫌になるような女ではないことを知っている。さよりは猫のような女だが、感情の起伏は成熟したものだ。おそらく弟や妹のいる長女だから、というのがある。能天気そうに見えるこの女は聡明だ。そのさよりが拗ねているのだから、たぶん俺が何かしらの地雷を踏んだのだろう。その地雷が何だったのかさっぱり分からないが。
真衣だったら機嫌を治すのも簡単なんだが、と思ったところでこの考えは良くないとすぐにそれを振り払う。さよりと真衣を同じように考えないと決めたのは俺のはずだ。といっても、10も年下の女の扱いなんて真衣を参考にするしかない。

「あー、その……アイスでも食うか?さよ」
「へー、みんとさんってアイスで機嫌治る女の子なんですか?わたしと違って可愛いっすねぇ」

即見破られて、俺は言葉に詰まる。やはりこの女は馬鹿じゃないという感心とどうしてくれようかという困惑がせめぎ合う。

「さよ、何拗ねてんだ?お前仕事中に俺に叱られたってそんな不貞腐れないだろ」
「そりゃ子供じゃないんで仕事中には不貞腐れないですよ」

それもそうだ。至極真っ当なことを言われて俺は返す言葉もない。

「三刀屋さん、わたしの機嫌を治したいんですか?」
「そりゃ治したいに決まってるだろ。せっかく休日一緒に過ごしてんだ。そんな機嫌悪そうにされてると、参る」

さよりには馬鹿みたいに楽しそうに笑っていて欲しいと思う。さよりには難しいことなんて考えずに健やかに過ごして欲しいと思う。それらはあくまで俺の願いであって、さよりが聞いたら自分勝手と苦笑いを浮かべるかもしれないが。
世界や人生の理不尽さをものともしない、馬鹿みたいに幸せそうに笑うさよりが俺は好きだ。オカルトなんてこの世の隠されたものと眉唾物とほんの少しの真実を混ぜ合わせた非日常の中の日常の象徴みたいで。

「なんで拗ねてるか教えてあげましょうか」
「……頼む」
「三刀屋さん、わたしが話してても全然楽しそうじゃないからです」
「……は?」

何を、と先程とは違う意味で俺は戸惑う。楽しそうじゃない、とは。表情の話か?それとも雰囲気の話か?どちらにせよ心外だ。

「お前の大学生活の話だろ?学食頼んだら思いの外量が多くて……ダチ巻き込んでフードファイトしたって。賑やかで、楽しそうでいいなって思ったよ」

さよりが今しがた話してくれていた内容を要約して語る。さよりは目をまるまるとさせて、とても意外そうな顔をしている。言葉にはしていないが、表情がこう言っている。「ちゃんと聞いていたんですね」と。さよりや真衣、それに職場のやつらに比べたら確かに俺は感情が顔に出ない方だ。自覚はある。そうか、さよりは俺が話を聞いていないと思って拗ねていたのか。理由が分かり、口元が綻ぶ。気が緩んではいけないのだろうが、修正が不可能な案件ではないことに安心した。

「……悪いな、さよ。ちゃんとお前の話聞いてたし、面白いよ、お前の日常は」
「……でも三刀屋さん、ああ、とか、そうか、しか言わないんすよ!わたしに興味ないなーって思うでしょうが普通!オカルトの話をする時はもっとちゃんとお話しくれるのに、ちゃんと言葉を交わしてくれるのに。わたしの話には相槌だけだから、余計に」
「虚しくなる、か?」
「そう!それです!」

さよりが勢いよくこちらを向く。ほぼ毎日見ている顔なのに、この時ばかりは久しぶりに彼女の顔を見た気がした。
さよりの目元は赤くなっていて、若干水分が多い。泣くか、と思ったが、そこはさよりなりのプライドか。それが落ちることはとうとうなかった。

「だって三刀屋さん、全然表情変わらないんすよ!能面かよっ、そんなんだなら編集部の人達に冷血って思われるんすよ!少しくらい、笑ってくれてもいいじゃないですか」

涙は出ないらしいが、不満は滝のように溢れてくるらしい。これについても返す言葉はない。

「悪かったよ」
「三刀屋さんも話して」
「は?」
「三刀屋さんも大学の頃のエピソード話して」
「あ?なんでそうなる……つーか、大学に行ってねぇよ、俺」
「じゃあ高校!もしくは中学校!わたしばっかり話すの疲れたぁ」

さっきのように不貞腐れた様子も、拗ねている様子でもない。むしろ今はいつものさよりに近くて、おどけているようだ。どこで機嫌が治ったのかも俺には分からない。今後の為にさよりの機嫌を損ねた時の参考に、と考えていたのだが。
おどけたような様子のさよりが身を乗り出してきて、顔を近づけてくる。素材のいい整った顔によって、俺の思考は中断される。

「わたし、三刀屋さんのことたくさん知ってますけど、三刀屋さんのことたくさん知らないんすよ。だから、たくさん「お話しましょう」。そしたら、わたしのことももっと教えますし、そっちの方がきっと楽しいですよ」

にぃ、と口角を上げるさよりに、この女がどういう女だったかということを改めて思い知る。
好奇心の猫だ。
こいつは自分の知識や記憶を埋めていくことに一種の快感を覚えている。自分が話すことに対して俺からのレスポンスが何も無かったから拗ねたのだ。「お話しましょう」と言った瞬間のこいつの目が猫のように細まったのを、俺は見逃さなかった。

「ね、三刀屋さん」

こいつは猫のように気分屋ではないけれど、猫のように俺を振り回してくる女だ。

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