パルフォン | ナノ

解凍されていく心臓

「三刀屋さん、髪伸びましたね。切りに行ったらどうっすか?」

三刀屋さんの毛先をちょいちょいと引っ張るようにちょっかいをかけながら、わたしは首を傾げる。最近CULTOの仕事が忙しくて事務所に缶詰になっていることは知っていたが、そのせいで三刀屋さんの髪の毛が好き放題に伸びてしまっている。

「あー……そうだな。俺も鬱陶しいとは思ってる」
「結びましょうか?」
「頼む」

特にまとめることもせずにスマホで原稿を進めている三刀屋さんの真後ろに回り、わたしは三刀屋さんの後ろ髪に触れる。ある程度の髪の毛をまとめて手のひらで包んで、それをゴムで結った。三刀屋さんが気がついた時に怒られるのが目に見えているから、シュシュとか飾りのついた可愛いゴムは使っていない。輪ゴムみたいなシンプルなゴムだ。
三刀屋さんは普段から前髪はそこそこ長くて、その隙間から鋭い目つきが覗いているのだが、こうして後ろ髪も長いとなんだか怪しい職業の人にも見えた。いや、オカルトウェブサイトの編集部も既に怪しい職業だが。なんというか、中華マフィアみたいという意味で。

「はい、どうぞ。終わりましたよ」
「ああ、サンキュー」

三刀屋さんはお礼はしっかりと言うものの、すぐに難しい顔をしてスマホの画面と向き合う。今書いている記事の締切はまだ日数があったと思うが、難しいのだろうか。三刀屋さんで苦戦しているということは、学生バイトであるわたしに手伝えることはない。手伝えたとして資料を探してきたり、息抜きの相手をしたりが限界だろう。もっと三刀屋さんの役に立てればいいのだが、余計なことをして余計な仕事を増やしてしまっては本末転倒だ。
今の三刀屋さんは、身だしなみに無頓着になるくらい、余裕が無いのだろう。身だしなみに気を使える人間は、それだけ余裕があるということだ。三刀屋さんは結構わたしのショルダーオフのトップスにショートパンツ、生脚を惜しげも無く露出しているファッションに対して厳しめに注意してくることがある。わたしと同じくらいの妹さんがいるから、それもあって兄心みたいなものが働くのかもしれない。わたしからしたらお母さんみたいだなと思うが。三刀屋さん自身、スカジャンにチャイナシャツというとんでもファッションをしているとは思うのだが……三刀屋さん自身はかっこいいと思っているらしく、何も言うまい。三刀屋さんは三刀屋さんなりに見た目に気を使っている。好き放題に髪の毛が伸びてしまっている方が珍しいのだ。

「三刀屋さん、アイスとか食べます?」
「は?いや、俺はまだ仕事が……」
「アイス食べる時間だけです、ちょっと休憩しないと。根詰め過ぎるといい記事も書けないっすよ」

三刀屋さんの返答も聞かずにわたしは事務所に備え付けられている冷凍庫から棒付きの氷菓を出した。ソーダ味だ。もう9月だがまだ暑い日は続いているし、今日も絶好のアイス日和。

「はい、三刀屋さーん。スマホ置いてくださーい」

三刀屋さんにソーダの氷菓を差し出す。スマホと入れ替わるようにアイスを持たせてしまえばこっちのものだ。三刀屋さんは右手しか使えないから、アイスを食べながら仕事をするということが出来ない。強制的に休ませることが出来る。どうせ三刀屋さんのことだから、納期までには終わるのだ。終わらせる。それは分かっているが、こうもハイスピードで仕事をしているのを傍で見ていると、寿命を前借りしているんじゃないかと心配してまう。

「休まるでしょ、三刀屋さん」

自己満足だというのは分かっている。けれど、三刀屋さんが自分のことを無頓着にしているのなら、気にかけることができるのはわたしだけだ。
ご両親は島根、妹さんもいなくて、三刀屋さんの友人とかそういうのも聞いたことがない。職場の人たちは三刀屋さんはひとりでなんでも出来ると思っているから深入りをしない。わたしだけが、三刀屋さんの面倒を見れる……というのは押しかけ女房じみた独占欲だろうか。自己満足だと分かって、三刀屋さんを勝手に心配して、勝手に気にかけているつもりになっている。

「……悪いな、さよ。心配でもしてたか?」

でも三刀屋さんはわたしよりも大人だから。わたしの浅ましい心配などお見通しだった。アイスを食べながら優しげに瞳を細めて笑んだ。
ああ、甘やかされているなと感じる。三刀屋さんはわたしの考えなど理解した上で付き合ってくれている。

「……心配、は、いつもしてますよ。三刀屋さん、早死にしそうですから」
「そうか、悪いな」
「悪いと思うならもう少し自分も大切にしてくださいね?」

髪が束ねられた三刀屋さんの結目をとんとんと触りながら、わたしは少しでも三刀屋さんが仕事しやすいようにとデスク周りを片付け始める。必要なものは近くに。不要なものは一旦端へ。三刀屋さんがアイスを食べている間に、少しでもわたしにできることを、と思う。
それを見ていた三刀屋さんは困ったような顔をして、「さよ」とわたしを呼ぶ。なんぞ、と思い三刀屋さんの方を見れば、三刀屋さんが食べている途中のアイスが私の方に向けられている。

「お前も休めよ、半分こしよう」
「……か、間接ちゅーになっちゃう」
「気にしねぇよ」

ほら、と突きつけられるアイスはおずおずと顔を近づければ涼やかな空気感が漂っている。観念してひとくち食べたアイスは甘くて、冷たくて、身体が丁度よく涼しくなるはずなのに。三刀屋さんの穏やかな顔を見ていたら、なんだか火照ってしまった。
ああ、夏の延長線。まだまだ暑さは続いている。熱を誤魔化すように、わたしは自分の髪の毛も1本に結んだ。

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