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ヒュプノスの御膝元

三刀屋の部屋に置いてあるソファのど真ん中を我が物顔で陣取るさよりは、キッチンで珈琲を作っている三刀屋をまじまじと見る。何か言いたげな視線を感じながらも気付かないふりをするが、さよりからの視線は途切れない。人に見られている、という感覚は決していいものではない。理由がわからなければ尚更だ。

「……おいさよ、さっきから何なんだ?言いたいことがあるならちゃんと言わないと伝わらんからな」
「ええー女の子に言わせるんすか?」
「何の話だ……」

三刀屋は肩を落としながら馬鹿なこと言ってないでこれでも飲んで落ち着けとインスタントの珈琲が入ったマグカップをさよりに渡す。濃いブラックの匂いが鼻元を掠めて、身体がカフェインを求めるように腕が自然と上がってさよりは珈琲を飲む。匂いの通り、濃い。砂糖やミルクは1粒一滴も入れられていない。

「三刀屋さんの淹れる珈琲が世界一っすね、美味い」
「大袈裟なんだよ、インスタントだぞ?」

手軽な幸せだと言うように、しかし満更でもなさそうに三刀屋は微笑む。さよりがソファのど真ん中を陣取りながらも三刀屋が座るスペースがない訳では無い。さよりの隣に座り、三刀屋も珈琲を飲む。さよりのものとは違い、砂糖とミルクが入っているから少し甘い。
これといって見たいものがある訳では無いが、なんとなく点いているテレビは特番のバラエティを映している。2人で寄り添って安息の時間を過ごすと不思議と眠気が襲っていくるものだ。隣人が信頼出来る人間であればあるほど、心の安寧による眠気は強くなる。急激に瞼が重くなったさよりはハッとして残っていた珈琲を飲み干した。カフェインを取り込んで眠ってなるものかと目を開く。

「めちゃくちゃ落ち着いてしまった!違う!三刀屋さん!違います!」
「は?なんだよ。さっきから。話が読めねぇ」
「膝枕っすよ!膝枕!」

テーブルの上に空になったマグカップを置いて、さっきは「女の子にそんなことを言わせるのか」などとおどけていたくせに今度はあっさりと言い放った。
三刀屋を見つめながら、さよりはぱん!と勢いよく自分の太ももを叩いた。タイツやストッキングなど履く習慣がないさよりの脚が叩いたことで皮膚が赤くなり、三刀屋は顔を顰める。皮膚を痛めつけたこともそうだが、さよりの発言についてもだ。

「膝枕って唐突に何なんだ。要らねぇ」
「要らねぇ!?現役女子大生の膝枕を、要らねぇ!?なんてこと言うんすか!夜のおっさんたちが金を出してまで欲しがる女子大生の生肌なのに!三刀屋さんはカレシだから触りたい放題なんすよ!?」
「言い方」

濃い珈琲を飲んでいる訳では無いのに、三刀屋は苦い顔をする。さよりは時々よく分からないことをするが、今回もまた訳の分からないことをする。対処法も何が正解か分からないから、余計に困るのだ。

「ほら!膝枕してあげますから!横になってください!頭乗せて!」

妖怪膝枕押し付け女と化したさよりは何度もばんばんと自分の太ももを叩く。さよりの素肌がどんどん赤くなっていくのは見ていて気持ちがいいものでは無い、いくらさよりの自業自得といえども。
わかったわかったと諦めて、三刀屋はまだ珈琲が残っているマグカップをテーブルの上に置くとさよりの太ももに頭を乗せるような形で横たわる。
柔らかい。というのが素直な感想。布とも違う柔らかさとも違うそれに戸惑いながら、しかしそれを口に出していいのかは分からなかった。

「どうです?落ち着きます?」

さよりの太ももに頭を乗せる三刀屋は真上にある彼女の表情を見て、息を飲んで黙る。……慈しみとは、きっとこういう顔を言うのだ。優しい瞳で、愛に満ちた微笑みを浮かべて。見守るように三刀屋を眺めるさよりは、普段の姿と重ならない。さよりにもこうした聖母や母性を彷彿とさせる姿があるのかと、化けた姿に三刀屋は女という存在に恐ろしくなった。同時に、愛しくも思う。さよりのこんな姿を見られるのはきっと自分だけだから。

「三刀屋さん、いつも寝ないんですから。たまにはゆっくり寝た方がいいっすよ」
「……そうか。そういうことか」

得意げな顔をしているさよりを見上げながら三刀屋は1人で納得する。おそらくさよりは自分の不眠症を気にしてくれていたのだろう。いつも「三刀屋さんそんな生活してると早死しますよ」と軽口は叩くものの、その言葉以上に心配しているのかもしれない。

「……可愛いな、お前」
「あがっ……!?」

得意げな顔だったさよりが苦々しい顔をした。そんなさよりの変化も気に留めず、三刀屋は右手を上へと伸ばした。さよりの頬に当てられる三刀屋の大きい右手は優しく動いて、滑らかな肌を撫でる。太ももと同じように、柔らかさを感じた。柔らかくて、陽向のようにいい匂いがした。

「ありがとよ。心配してくれて」
「別に!三刀屋さんに早死されたらわたしが寂しいだけっすよ!いいから寝てください!のんびりと!たっぷりと!」

寝かしつけているつもりだろうか。とんとん、とんとんと照れ隠し混じりのリズムでさよりが腹部を叩いてくる。言葉には言い表せない擽ったさともどかしさを感じながら三刀屋は目を瞑る。眠れるだろうか。寝たフリをしたところでさよりはそれに気が付かないだろうが、彼女の想いに添えるのならば、願わくば、質のいい眠りを摂りたいものだ。

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