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添えられた心音カウントダウン

いつから三刀屋さんとそういう関係になったのかと聞かれると、明確な答えは出ないし、そもそもこれが関係と呼ぶに至ったものなのかもわたしには判断が付かない。ただ、世間的には、きっと「付き合っていなければおかしい」状態なのだろう。

「おいさよ、飯奢ってやるからそろそろ上がるぞ」
「おっ、はーい!ごちになりまぁす!」

三刀屋さんの言葉にわたしは元気よく返すが、その言葉が、所謂【合言葉】みたいなものだった。三刀屋さんはこの頃ずっとわたしを夕飯に誘う。普通にご飯を食べて、普通に談笑をして、そして普通に送ってくれるのかと思いきや、……わたしごと三刀屋さんのマンションに連行される。もとい、わたしが一緒に三刀屋さんの家に帰る形になる。
最初こそなんでだどうしてそうなったと三刀屋さんに訴えかけたものの、三刀屋さんは言葉少なに「適当に寛げ」とだけ言ってスマホでネットサーフィンを始めてしまう。そのまま三刀屋さんの部屋で寝泊まりすることになってしまったわたしの気持ちなど知らんと言わんばかりに放置。わたしの方こそ三刀屋の考えがちっとも読めなかった。
わたしだって、ガキではない。そこそこ知識を持って、そこそこ社会に適応したお年頃の女子大生である。普通、普通ならば、男が女を家に連れ込むとはそういうことではないのかと勘繰る。初めて三刀屋さんの家に泊まることになった時にはずっと自分の下着の色を考えていた。思い出せなかったけど。
けれど、三刀屋さんは何もしないのだ。本当に、何も。こっちが肩透かしを食らうくらい。
「適当にそこのベッドで寝てろ」。
「明日の朝何食いたい?」。
「大学は早いのか?どっちにしろ送ってく」。
「今日もバイト頼んだ」。
意識しているわたしがおかしいのかと思うくらい、三刀屋さんはいつも通りだった。いつも通りの言動に、いつも通りの態度。
おかしいのは、わたしが三刀屋さんの家で寝泊まりする回数が増えて、三刀屋さんと生活を共にすることが多くなって、三刀屋さんが手を出してきてはいないものの同じ寝床を共有しているということだろうか。
三刀屋さんは不眠症だから、わたしが起きている時間に寝ているということはあまりないが、布団の温もりや眠気まなこの意識で三刀屋さんの体温や匂いといった存在を強く感じる瞬間がある。たぶん、わたしが眠った後に三刀屋さんは同じベッドに入って横になっている。まあ、元々三刀屋さんのベッドだしそれ自体はおかしくはない。いや、おかしいけれど。

「さよ、」
「ん?どうしました?三刀屋さん」

今日も今日とて三刀屋さんの家に連行された。
お風呂上がりのところを、リビングにいた三刀屋さんに声をかけられる。

「こっちに来いよ」

とんとん、と三刀屋さんが右手で示すのは自身の太ももの上。乗れ、ということか。初めこそなかったものの、最近の三刀屋さんは直接的なスキンシップが多くなった気がする。基本的にはふたりきりの時だけ。それでも絶対に、絶対に「恋人」がするような愛の触れ合いはしないのだけれど。
大人しく三刀屋さんの足の間にすっぽりと収まったわたしは、三刀屋さんに後ろから抱きしめられる。抱きしめられるといっても、三刀屋さんには両腕がないから、右腕だけでだが。それでも、やはり男の人だからか抱き留めようとする力は強く、わたしの体は金縛りにあったようにぴくりともしない。抱きしめられた後は、……特に何も無い。その体勢のまま一緒に心霊ものの映像を見たり、他愛のない日常の話をしたり。驚くくらい「いつも通り」の三刀屋さんとわたしの関係。けれど距離感は、「いつも通り」には程遠い。
これが、所謂男女の関係、恋人同士になるのかは、正直よく分からない。

「あの、三刀屋さん」
「ああ、どうした、さよ」

三刀屋さんの声は、とても優しい。眠たくなる匂いと、眠たくなる声だ。心が絆されているのを感じる。三刀屋さんはわたしに決して手を出さないけれど、もし手を出されても、それをすんなり受け入れるくらいには……むしろ喜んで受け入れるくらいには、きっとわたしは三刀屋さんのことを男性として受け入れているのだ。
三刀屋さんはわたしのことを好きとは言わないし、どう感じているのかは分からないけれど。
なんとなく三刀屋さんは、刹那的な男女関係を結んでいる雰囲気があって、特定の人がいないイメージがある。だから、今回はたまたまわたしが選ばれたのだろうかという気持ちもあるが……しかしそれならなんで、まるで壊れ物みたいに大切にされて、手を出されないでいるのかが分からなかった。

「……んーと、」

三刀屋さんとわたしの関係って、なんなんすか。
喉元まで来た言葉は、結局吐き出されることなく、腹の底まで戻っていった。わたしは誤魔化すように笑うことしか出来ない。

「あの、そのっ、すね……今日は一緒に寝ません?」
「なんだ、いつも同じ布団で寝てんだろ」
「そ、そうじゃなくて!いつもわたしが先にお布団に入るじゃないっすか、で、三刀屋さんはいつの間にか入ってきてていつの間にか起きてる。今日は一緒のタイミングで寝よって言ってんすよ!」
「……それは、何でだ?」
「な、なんでって、そりゃ……なんとなく、っすけど」
「……くっ、はは、そうか」
「何笑ってんすか!もう全部が全部三刀屋さんのせいなのに!」
「あー、わかったわかった。何が俺のせいなのかは分からないが、……じゃあ今日はもう寝るか」

三刀屋さんの右腕に抱き留められたまま、わたしは三刀屋さんひとりが寝転がるので精一杯のシングルベッドの方へ連行される。シングルベッドに男女がふたり。それでも、本当に何も起きないのだ。きっと起きたら、三刀屋さんは平然と窓際でタバコを吸っている。それでタバコを灰皿の上で潰しながら、おはようさよ、なんて笑うのだろう。
三刀屋さんの右腕は、頑なにわたしを離そうとはせず、わたしは三刀屋さんの上に倒れ込むようにベッドに吸い込まれていく。頭部を、耳を、なんとなく三刀屋さんの胸元に当ててみる。

「三刀屋さん」
「どうした?」
「……」
「さよ?」
「……おやすみなさい、三刀屋さん」
「……ああ、おやすみ、さよ」

ねぇ三刀屋さん。三刀屋さん。わたしと三刀屋さんの関係は、言葉にすると何になるんでしょう。付き合っているようで、付き合ってないし、でもこんなの付き合っていなきゃおかしい距離。それに何より、自分の耳から伝わってくる三刀屋さんの心音。
そんなにドキドキうるさいのは、なんでなんすか。三刀屋さん。

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