パルフォン | ナノ

小夜すがら

カルトの勤務形態はそこそこ自由だ。企画についての会議や取材についての連携など集まらなければいけない事もあるが、わざわざ事務所に顔を出さずともスマホやパソコンで出来るやりとりならばそれで十分。そもそもカルトは大企業という訳ではないし少人数の個人主義者の集まり。編集部連中の能力なども簡単に把握できる。やることさえやってくれればそれでいい。好きなときに来て、好きなときに帰る。元よりこんな所にやってくるのはオカルト好きな陰キャの集まりどもみたいな感じだ。集まるよりも個人で淡々とした作業の方が好きだ。まあ、飲み会なんかはおっさん連中だから気軽に行ったりはしているのだが。
と、そんな前置きはどうでもいい。カルトの連中はそんな自由奔放な連中ばかりだが、対照的に事務所に毎日顔を出すやつもいる。編集長である俺はもちろんのこと、あとは大学のバイト、藍堂さより。編集長の俺はともかくバイトであるさよりも毎日毎日遅くまで残っては楽しそうにオカルトの世界に没頭している。さよりは生粋のオカルトマニアということもあるが、贔屓目を抜きにしたってこいつは働き者だ。昨今の時代でも男社会が根強い編集の世界でも良くやっている女だと思う。さよりはきっと、単に好きなことだからと難しく考えていないだろうが。
今日も事務所に残っていたのは、俺とさよりの二人だけだった。

「……さよ、そろそろ帰るぞ。今日は夕飯、」

夕飯奢ってやろうか、といつも通り仕事を切り上げるための言葉を放とうとした瞬間、さよりの様子がおかしいことに気がつく。やけに静かだ。

「おい、さよ?」

さよりのいるデスクに近づき、気がつく。さよりが顔を上げたまま健やかに眠っている。頭が船を漕ぐこともなかったから、寝ているのに気がつかなかった。

「おい、さよ。もう帰るぞ、さよ」

名前を呼び、さよりの肩を軽く揺らす。少し心苦しいが、さよりには自分で起きてもらわなければ困る。俺では、さよりを家どころか車にも運んでやれないから。俺には、右の一本の腕しかないから。
俺は思わず舌打ちをする。パルフォン様の野郎。左腕が持って行かれたことについては何もショックを受けなかったし、不便もないと思っていたが。こういう場面においては最悪の嫌がらせだと思った。

「さよ……おい、こら、さよ」

駄目だ。起きる気配がない。俺は早々に諦めて自分の上着をさよりに被せてやることにした。男だらけの職場にブランケットやタオルケットなんて気の利いたものはない。今後こういう事態も考え、さよりの為に経費でブランケットを買おうと思った。

「ああ、クソ。だっせえ」

なんとなく、自分の右手を握ったり開いたりしてみる。厳密に言えば、片手でもさよりを運ぶことは可能だろう。ただ、安定はしない。間違ってさよりに怪我でもさせたらと考えると恐ろしい。さよりが傷物になったとしても、それを口実に責任とって嫁にすることも考えるが、それは本望ではない。
さよりには、ずっと馬鹿みたいに笑っていて欲しい。綺麗であってほしい。愛らしくあってほしい。

「なんだか俺、いつもさよの事で困ってる気がすんな」

さよりの寝顔に頬が緩むのを感じながら、俺は自分とさよりの分の珈琲を買うために一旦事務所から出る。あまり物音を立てないようにと、扉は小さな音で閉じられた。

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