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動機のはじまり

三刀屋さんには不眠症の証であるクマが常に目元に浮かび上がっている。仕事中は何かあればスパスパと煙草を吸うし、仕事終わりの自宅では酒を飲みながら心霊映像を見る。わたしはいつの間にか寝落ちしてしまうのだが、三刀屋さんはきっと見終わるまで起きているのだろう。そして睡眠もそこそこにわたしが起きる前には既に目覚めていて、窓際で煙草を吸っている。

「……三刀屋さん、早死しますよ」
「はぁ?」

いつも通り三刀屋さんの奢りで夕飯を食べている時に、わたしは思わず声に出してしまった。三刀屋さんは眉間にシワを寄せながらも、青椒肉絲のピーマンを皿の隅に追いやっていた。

「あっ、ほらっ、それも!ちゃんと野菜もとってくださいこの不摂生!」

三刀屋さんは気まぐれで凝った料理を作る人なのだが、本人自体はなかなかの偏食家な面がある。好きなものばかり食べる。同じものばかり食べる。今だって、別に好き嫌いでピーマンを避けている訳じゃないのだろう。単純に今は野菜を食べる気分じゃないだけ。……大人なんだから、わたしよりも10年ほど長く生きているのだから、ちゃんとしてくれ。不眠症、煙草、酒、不摂生。早死にへのハットトリックどころではない。

「三刀屋さんて死にたいんすか?」
「おいおい、それは極端だな。人を自殺志願者みたいに言うなよ」
「だって、こんな生活続けてたら三刀屋さんいつか死にますって。不健康のきわみっすよ。若い頃は良かったかもしれないっすけど、三刀屋さんもう若くないんすから」
「失礼なやつだな、まだ20代だ」
「アラサーっすよ」

わたしはぴしゃりと言い切って、オレンジジュースを飲む。三刀屋さんはどこか拗ねたようにぶすくれていた。29歳のおっさんが拗ねたところで可愛いとは思わないが、何故か憎めないのは惚れた弱みというやつか。

「別に俺がどんな生活して早死にしようがさよには関係ねぇだろうが。不摂生で死ぬならそりゃ俺の自業自得だ」
「いやまあ、それはそうなんすけどねぇ 」
「なんだよ」
「あー、そのー……」

そんな不機嫌そうに凄んでこなくたっていいじゃないか。三刀屋さんは元々人相が悪いから、そうやって不機嫌そうに見つめられると普通に怖い。
怖気づきながらも、わたしは三刀屋さんを真っ直ぐ見つめる。こんな言い草でも、わたしは心配していた。誰だって、好きな人には死んでほしくない。

「三刀屋さんが死んだら、居なくなったら、わたし嫌ですもん」

三刀屋さんが居なくなったあとの世界を想像して、想像だけなのに悲しくなってしまった。わたしが俯いてしまった後も三刀屋さんは無言だったが、しかし、視界の端にある行動が見られる。

「……三刀屋さん?」
「……」

不思議に思って三刀屋さんに視線を向ければ、さっき皿の隅に避けていたピーマンを食べていた。これといって不味そうな顔をしていない。やっぱり好き嫌いとかじゃなかった。

「三刀屋さん、それどういう心境の変化っすか」

ピーマンをのんびり咀嚼して飲み込んだ三刀屋さんは、何やら気まずそうに唸りながらわたしから少し視線を逸らしていた。それはなんだか、照れているようにも見える。

「さよが俺に死んでほしくないって可愛いこと言うもんだから、どうしてくれようかとおもった」
「なんすかそれ」
「動揺してピーマン食っちまったじゃねぇか」
「いやそこは普通に食べてくださいよ。別に野菜嫌いって訳じゃねーでしょうよ、三刀屋さん」

軽口を叩きながらわたしも少しだけ三刀屋さんの青椒肉絲を横から摘む。三刀屋さんお気に入りの店なだけあって、味はどれも最高。どの料理も外れというのがない。こんなに美味しいのだから、偏食などしなければいいのに。

「はぁ……」
「ちょっと、食事中にため息つかないでください。ため息も早死への近道らしいっすよ?長生きしてくださいよ、三刀屋さん」
「……そうだな、……そうか」
「……へへぇ、」

なんだか、三刀屋さんがわたしに言われっぱなしになっているのは珍しくて、少しばかり気分が上がる。……と、思っていたのも束の間だった。

「さよ、好きだ」
「えぐ、げぇっほ!」

三刀屋さんからの突然の告白によって、わたしは噎せる。米粒が変なところに入った。

「知ってるか、さよ」
「な、なにをすっか」
「人間ってのはな、恋をすると長生きするんだよ。ホルモンの分泌、アドレナリンの放出、物理的な接触によってのバクテリアの交換による免疫力の向上。人間は恋をすることによってもろに影響を受ける。だから、俺は平気だ。さよがいる」

まだ死なねぇよ、と三刀屋さんは楽しげに笑う。なんだか悔しい。とても悔しい。せっかく三刀屋さんに対して今日は優位に立てると思ったのに。三刀屋さんが格好良いことを言うものだから、どうしてくれようかと思った。

「三刀屋さん、これ以上わたしをあなたに惚れさせてどうしたいんすか」
「そりゃこっちのセリフだ、馬鹿」

三刀屋さんの目元に常に浮かび上がっているクマは、今だけは黒じゃなくてほんのり赤く染っているような気がした。

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