パルフォン | ナノ

失踪疾走感

普通の電話から、メッセやら、パルフォンを始めとする通話アプリからも何度も何度も連絡をかけた。それでも、三刀屋さんからの応答はないし、折り返し連絡が来ることもなかった。仕事に関わる用事で連絡しているのだから億劫に思わず取ってほしい。「上司からの電話だからって切るなよ」と苦言を呈していたのは三刀屋さんの方じゃないか。なんてムッとしていたのも束の間、それは段々と焦りに変わっていった。三刀屋さんは仕事からの連絡を無視するような人間ではないし、自惚れとかではないがわたしからの電話にはすぐ折り返してくれるはずだ。いつもそうだから。しかし、それが今日はない。

「三刀屋さん……?」

何回目とも分からないリダイヤル。それでも三刀屋さんは出ない。全身が心臓になったかのように大きく脈打って、嫌な汗が背筋を伝っていく。
まさか、何か厄介なことに巻き込まれたんじゃ…?オカルトの仕事をしていれば厄介事に巻き込まれたっておかしくはない。わたし自身、それを目の当たりにしているし、巻き込まれたこともある。三刀屋さんは怪異に対しての見解も警戒も深い人だが、それでももし、ダメだったら?嫌な予感がした。ここまで三刀屋さんからの反応がないんだ、そう考えた方が自然じゃないか。
嫌だ。三刀屋さんがどこかに行ってしまう。

「三刀屋さん!」

わたしは残りの講義など知るかと急いで大学を出る。向かうのはCULTOの編集部。三刀屋さんが日中いるのだとしたら、そこしか思いつかない。三刀屋さんにだって休みくらいあるだろうが、あの人は編集部に顔を出すのが好きだから実質年中無休のオカルトライターみたいなものだ。
ひたすら走る。ひたすら目指す。電車やバスを使うか迷ったが、走って近道すればかかる時間はそんなに変わらないだろう。見慣れたビル街の、一角。こじんまりとした小さな事務所が見えると、わたしはドアノブに手を伸ばして飛び入る。
血相を変えて事務所にやって来たわたしに編集部の先輩は驚いたような顔をした。

「あ、さよちゃん。どうしたの、そんな慌てて」
「み、三刀屋さんは!?」

事務所をぐるりと見回す。編集長の席に三刀屋さんの姿は見えない。

「三刀屋?そういえば今日は見てないなぁ……」
「了解っす!あざっす!三刀屋さんに用事があるんで失礼します!!」

編集部の先輩に軽く敬礼し、わたしは即座に事務所を出ていく。次に向かうのは三刀屋さんのマンションだ。いつもいつも連行されるから場所は完璧に覚えている。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったが。三刀屋さんのマンションのエレベーター……ではなく、階段を駆け上がる。もはや嫌な予感ではなく、動きすぎて心臓がバクバクしているし汗で服が張り付いて気持ち悪い。三刀屋さんが無事だったら、冷たいアイスを奢ってもらってシャワーを借りよう。そんな幸せなことを考えながら、三刀屋さんの無事を祈るように、三刀屋さんの部屋を目指す。その最中にも三刀屋さんのスマホに連絡を続けていたが、とうとう三刀屋さんの部屋に辿り着いても連絡はなかった。
肩で息をしながら、わたしは三刀屋さんの部屋のインターホンを押す。無機質な呼出音が鳴り、……応答は。

「さよ?」

あった。
三刀屋さんが出てきた。

「うわ、どうしたお前。汗すごいし髪もボサボサじゃねぇか。……なんかあったのか?」

三刀屋さんは。……普通だ。何事もない。むしろわたしの様子に戸惑っているようだった。なんかあったのか、は、こっちのセリフだ。

「三刀屋さん……」
「あぁ」
「三刀屋さんの……馬鹿ァ!」
「はぁ?上司に向かって馬鹿とはなんだ馬鹿」
「どんだけ心配したと思ってんすか!全っ然電話出ないし!わたしが電話出ない時はしつこいくらいにリダイヤルしてくるくせに!」
「で、電話……?」

わたしに馬鹿と言われた三刀屋さんは最初こそ腹立たしそうに眉間にシワを寄せていたが、しかしわたしの勢いに気圧される。わたしはわたしで、三刀屋さんに何事も無くて良かったという安堵と何も無かったという虚無感から一気に身体の力が抜けてしまった。腰が砕けるようにその場にへたり込んでしまう。

「お、おいっ、さよ……!?」
「……いっぱい連絡したんすけど」
「……ああ、スマホな、取れなかった」
「結構連絡しましたけど!」
「いや、そうじゃなくてな……」
「なんなんすか!」
「失くした」
「失くしたァ!?情報社会の現代社会でなにやってんすかあんた!職業が職業なら記者会見の謝罪会見の炎上もんっすよ!」

他に言いたいことはあったはずなのだが、理由があまりにもどうしようも無さすぎる。「何も無くてよかった」と心配していたことを伝えられたら、少しは可愛げがあったのかもしれないが。

「……心配してくれたか?」

けれど、そんなところも三刀屋さんには全部見透かされているようで腹が立ってしまう。わたしもたまには三刀屋さんのことを見透かしたい、三刀屋さんのことを理解したい。まさかスマホを失くすとは思っていなかった。

「今は三刀屋さんのスマホのが心配っすよ!つーか、スマホないくせにそんな落ち着いてます、普通!?」
「あー……落とした場所は大体目処がついてるからな」
「……どこっすか」
「お前の部屋。昨日の夜行った時にたぶん置きっぱなしだったな」
「……はぁぁぁ、朝一で電話すればよかった。そしたらこんなに忙しなく動くことなかったのに」
「悪かったな。アイスでも食ってくか?」
「シャワーも貸してください」
「分かった分かった」

三刀屋さんの手を借りて、わたしは立ち上がる。
なんだか、今日一日分の体力は使い果たした気分だ。

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