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晴天日和

わたしが勤めている編集部は小さな事務所だ。大規模なブログサイトやまとめサイトではないからか、こじんまりとした運営と経営でやりくりしている。大抵のライターは兼業で何かしら働いてることもあって、給与面で不満の声が出ることはあまり無いのだが……。

「こんちはーっす、あれ、三刀屋さん。他の人たちは?」
「リモートワーク」
「時代最先端じゃないすか。いやまあ、こんな状態じゃ誰も事務所で働きたくはないですよなあ」

先日、とうとう編集部の面々が音を上げて「在宅勤務させて頂きます」と三刀屋さんに言ってきたらしい。ボイコット、ストライキ、別にそういう訳では無い。みんなオカルト大好きで、なんだかんだここで働くのが好きな人たちばかりだ。実際、先ほどから三刀屋さんのパソコンにはこれでもかというほどメールが届いている音がする。おそらくライター達の原稿だ。
仕事が好きなのに何故誰も職場に来ないのかといえば、理由は簡潔。事務所内のエアコンが壊れたからだ。三刀屋さんの近くで動いている扇風機以外に涼しいものはない。一度窓を開けると云うことも三刀屋さんが試していたが、熱風が入ってくるだけですぐに閉じられてしまった。そりゃビルとコンクリだらけで熱を吸収するような都会の風だ、涼しい訳がない。三刀屋さんとしては窓を開ければ涼しいという感覚だったのだろう。「島根のクソ田舎にも良いところがあったんだなあ」と感嘆の息を漏らしていた三刀屋さんが印象的だったのを覚えている。

「エアコンの業者さん、どれくらいで来てくれるとかありました?」
「あー……再来週っつってたかな」
「結構かかりますねえ、まあ夏ですもんね、そらどこの業者さんも忙しいっすよ」

わたしは日焼け対策に羽織っていた薄いカーディガンを脱いで、自分のデスクに座る。暑くてしんどい、と思った瞬間に、そこそこ勢いのある風がわたしの方に吹いてきた。

「……三刀屋さん?」

風が吹いてくる方向を見れば、三刀屋さんがわたしの方向に扇風機の風を送ってくれていた。自分もうっすら額に汗が滲んでいるくせに変なところで恰好をつける人だなと微笑ましくなってしまう。

「三刀屋さん、自分の方にも風来るようにしたらどうっすか?こんな夏でも長袖のシャツなんすから、熱中症とかで死にますよ」
「さよこそ暑いんだろ?そんな腹巻き胸元まで上げたみてえな露出高い服して」
「チューブトップのことっすか!?オシャレで着てるんすけど!?つーかどこ見てんすかセクハラっすよ」
「恋人だろ。他の連中がいるときにその恰好すんなよ」

三刀屋さんはわたしの服装に関して口うるさいところがあるから、もっとぐちぐちと言ってくるだろうかと思っていたのだが……案外何も言われなくて拍子抜けする。
二人きりだからだろうか?仕事上で公私混同は良くないとよく云うが、三刀屋さんはその案配がとても上手い人だ。二人きりでいると今のようにさらりと恋人なんて言ってのけるが、仕事においてはわたしが書いた記事に問答無用でダメ出しをしてくる。そんな三刀屋さんだから、ああ、好きだなあと思うし尊敬もしているのだが。

「三刀屋さん、デスク半分わけてくださいよ。三刀屋さんの隣で書きますから」
「……なんだ、可愛いこと言うな」
「そっちのがどっちも涼めていいでしょってことっすよ見境無いなあんた!ほら椅子もうちょっとそっちいってください!……あ、パソコンのメールわたしが確認します?三刀屋さん、スマホはともかく片手でパソコンいじるのまだしんどいでしょ」
「……ああ、頼んだ」
「いひひ、わたしがいて助かったでしょう?」

得意げに笑いながらわたしは三刀屋さんの隣に自分の使っている椅子を運んでいく。編集長のデスクはやはり大きいわたしのノートパソコンを置いてもまだゆとりがある。三刀屋さんがメインに使っている機器がスマホであるというのもあるかもしれないが。

「……」
「さよ?どうした」

わたしは三刀屋さんの隣に座り、彼のことをじっと見上げる。三刀屋さんは不思議そうな顔をしながら笑っていた。

「んーや、なんか……側に居るのになんか涼しいっすね。扇風機のおかげっすかね」
「……嬉しいから暑さが気になんねえんだろ」
「なんて幸せオーラ全開の発言してんすか、他のライターさんたちにも聞かせてあげたいっすね。三刀屋さんはこんなに愉快な人ですよって……あ、やっぱりいい、やっぱ言わないでいいっす。ライターさん達に惚気る三刀屋さんとか真夏に雪が降っちゃう」
「なんだと、この」
「あーっ!頭掴まないでくださいってばパワハラ!これはいけませんパワハラ!!」

事務所に、三刀屋さんとわたしがじゃれ合う声が響き合う。まるで世界にふたりきりみたいだ、なんて言えば三刀屋さんは調子に乗るだろうから絶対に言わない。少なくとも、事務所のエアコンが直るまではふたりきりの勤務が続くのだろうと思うと、それはそれで、幸せだなあなんて子どもっぽいことを思ってしまった。

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