パルフォン | ナノ

好きだから、離れてしまおう

幼い頃に尻尾が二又に分かれた黒猫を見つけた日から、わたしはオカルトの世界の虜になった。月に与えられるおこづかいは全てオカルト雑誌に使ったし、スマホのブックマークはほとんどがオカルトサイト。わたしは所謂喋ってしまう方のコミュ障というやつで、仲の良い友人以外に新しくコミュニティを広げていくのも得意ではなかったから、アルバイトを始めるにしても接客業なんて絶対無理だと思った。まず言葉遣いから向いていない。だから、オカルトサイトの編集部のバイトという求人を見つけたときは夢かと思ったし、採用されたときはマジかと思った。今でも決め手はなんだったのか分からず、たまに三刀屋さんに訊いてみたりするのだが、三刀屋さんは「そんなのなんとなくだ」と言ってまともに答えてくれたことがない。

「さよが思っているよりも採用の現場なんて堅苦しくないんだぞ。その時の気分とノリだな」
「わたしは一世一大って気持ちだったんですけど。これから就活控えてる大学生にそんな現実突きつけないでくれます?」

いつも通り三刀屋さんの奢りで夕飯を食べているときに、わたしは再度「自分を採用してくれた理由」を三刀屋さんに尋ねたが、どうやら本当にこれといった理由は無いらしい。大人の世界はそんなものなのかと嫌になってしまう。オカルトと違って夢もロマンも無い。

「あ?さよはうちに就職するんじゃないのか?」
「あれ、言ってませんでしたっけ。わたし、これでも賢い方なので大手編集部でもやっていけるんすよ」
「浮気か」
「人聞きが悪い!つーかそれわたしの唐揚げ!」

わたしの皿から唐揚げを強奪してそれを遠慮無く食べる三刀屋さんはどことなく不機嫌そうに見える。もしかして、わたしがCULTOに就職する未来しか考えていなかったのだろうか。……それもいいなと思ったことがない訳では無いが。

「あのな、さよ。確かにお前を採用したのはなんとなくだけどな」
「あ、それマジでなんもないんすね」
「でもお前をうちで働かせて……本当によかったと思ってるんだぞ。オカルトの知識は並の社員より上、まあ……文章は拙いところもあるが軽い修正で済むレベル。やる気もあるし、俺の取材にも付き合ってくれる」
「連行されてる、とも言いますけど。でもまあ、現場とかそういう曰く付きの場所は好きですし」
「……何より」
「何より?」
「お前がいなかったら俺は今頃死んでただろうし」

なんでもないことのように三刀屋さんは言うが、わたしは無意識に彼の左腕へと視線を向けてしまった。正確には、三刀屋さんの左腕があった場所を、だ。確かに命は助かったかもしれないが……わたしの働きのおかげというよりは、みんとさんの、妹さんからの加護が大きかったというのもあるだろうに。三刀屋さんの腕は持って行かれてしまったし、三刀屋さんの妹さんは助けられなかった。わたしは、何もしていない。
わたしが苦い顔をしていることに気がついてか、三刀屋さんは困ったように笑った。普段は人相が悪いのに、こういうときの瞳はやけに優しいものだから戸惑う。ああきっと、この人って良いお兄さんだったんだろうなあと考えてしまう。

「本気で感謝してるんだからな、だからこれからも手元に置いておきたい……って思うのはおかしいか?」
「んー、まあ三刀屋さんからしたら、みんとさんを可愛がれなかった分わたしのことを可愛がって構い倒したいっすもんねえ……そりゃ知らん編集部に行くって言ったら嫌っすよねえ、妹をどこの馬の骨ともしれん奴に渡すわけにはいかんですし」
「……はあ?」
「わたし、みんとさんほど性格良くないのでちゃんとみんとさんの代わりが出来てるか不安すけど」
「……はああ」

三刀屋さんが優しい顔から一転、仕事で何か厄介事があった時のように眉間にしわを寄せて大きくため息をついた。お手本のようなため息はわざとらしく、むしろわたしにそれを気がつかせる為の動作ではないかと思った。

「お前は真衣じゃないだろうが」
「知ってますよ、代替品的なやつっつーか……」
「そうでもない、お前、知識は豊富なくせに本当に阿呆だなあ。余計に手元から離したくない」
「なんすかそれえ」
「お前は、真衣とは違うよ」

やけに優しい声音が、やけに耳元に残る。その言葉を何故かわたしは嬉しく思ってしまったが、すぐにいけないと思った。何かが芽生えてしまいそうだったのを、急いで摘んでしまう。踏み潰してしまう。この人に抱こうとしている感情は、この人の妹の代替品としては不要な感情だと切り捨てる。
ああ、やっぱり。早くこの人と距離を置いた方が良いなあ、なんて思ってしまった。

prev / next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -