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逃がしてあげない

藍堂さよりに告白した。ちゃんと言葉にして、ちゃんと音にして、付き合っているのか付き合っていないのか分からないこの名前のない関係に終わりを告げた……と思っていた。さよりは俺からの告白に焦ったような、照れたような、慌てたような、困っているような反応で、顔を赤くさせたり青くさせたりととても忙しくて。俺はそんなさよりに、告白を拒まれるなんて一切思っていなかった。だから、悠然と構えていたのだが。なんとさよりの次の言葉は「無理です!」の一言だった。たったその一言で俺の告白は打ち消され、さよりは早々に俺のマンションの部屋を出て行った。
さよりが出て行き、少しだけ広くなった部屋で俺はほんの少しだけ虚しくなり、タバコに火をつけた。さよりが居るときのクセが染みついているのか、あいつはいないのに窓際でタバコを吸ってしまう。外の空気にタバコの煙を運ばせながら、俺は部屋を見回す。あれは、さよりが定位置として気に入っていたソファの端。あれは、さよりがよく面白いものはないかと物色していた本棚。俺が時折料理をすると物珍しそうに近づいてきて「三刀屋さんのごはんって結構美味しいっすよ」と笑うさよりやら、寝床が無いからとふたりで詰め合って横になっていたシングルベッドやら。思い出すのはさよりがいた景色だけで、我ながら苦い顔をする。

「……もう、いいか」

感傷に浸って悲劇の主人公を演じるつもりは無い。そういう柄でも無い。俺はタバコもそこそこ長いままに、灰皿の上へ押し潰して火を消した。それが合図だったように俺は上着を羽織り、猫のいなくなった伽藍堂の部屋を出る。
向かうのは、最寄りの駅だ。ちらっと見たスマホの画面に映っている時刻はまだ終電を迎えていない。けれど、こんな夜も更けた時間だ。都会とはいえ、昼に比べれば電車の本数は減る。俺の家からさよりが自宅へと逃げ帰ろうとするのならば、移動手段としては電車が一番可能性として高い。女子大生の所持金でさすがにタクシー帰宅をしようとは思わないだろう、俺ならしない。
最寄り駅の改札を電子乗車券で抜け、人も疎らなホームに辿り着くと見知った猫の後ろ姿が見えた。なんとも分かりやすいうしろ姿で助かる。さよりはどこかそわそわとした様子で、落ち着きが無い。俺がそうさせているのだろうと思うと、なんだか気分が良かった。

「おい、さよ」
「ぎゃああっ三刀屋さん!?」

捕まえた、と言わんばかりに俺は右手で振り向いたさよりの左手首を強く握りしめる。さよりの顔は部屋で見た時みたいに赤くなったり青くなったりを繰り返し、焦ったような照れたようなを繰り返す。そこに、嫌悪感はない。自意識過剰だろうか。けれど俺は、自分がさよりに嫌われているとは微塵も思っていない。

「もう逃がさないからな」
「いやいやいやいやっフラれたくせに何カッコつけてるんすか!?つーかフラれてるのに追いかけてきます普通!?メンタル鋼かよあんた!」
「フラれる理由が一切ないからな」
「どっか来るんすかその自信……」

さよりは信じられないものを見るような目で俺を見ているが、俺は大真面目だ。嫌いなら嫌いで、もっと相応の態度を取るべきだ。さよりは元々感情の分かりやすい女だから、本当に俺からの告白を受け入れたくないのであれば、もっと露骨に拒絶を出してくるはずだ。上司としてしか見ていない、兄のような存在としてしか見ていないのであれば、今までだって大人しく俺の家へ連行されているはずがない。

「俺はお前が好きだよ、藍堂さより」
「いーっ……!」
「なんだよその反応は」
「だっておかしいじゃないっすか、全部おかしい……なんで、なんでこう都合がいいんすか!?なんでこんなスムーズに両想いになっちゃうんすか!?わたしはそりゃ三刀屋さんが好きだけど、なんで三刀屋さんもわたしが好きって言ってくれるんですか!妹みたいに思ってくれてれば諦めもついたのに!なんで普通に好きって言うんすか!」
「藍堂さよりって女が気に入ってるからだよ」
「またそういうことを軽々しく言う!」

さよりは頭を悩ませているようだが、そんな難しい話じゃないだろうに。

「さよ、俺はお前が好きだ」
「なんべん言うんすか……恥ずかしいんすけど……」
「お前も俺が好きだろ?」
「そっ……う、ですけど?」
「じゃあそれで終わりだ。両想い。良かったなあ、さよ」
「何故かわたしが窘められている!」

嘆くさよりに合わせるように、いつの間にか駅のホームに停まっていた電車は発車前のメロディーを奏でて出発してしまった。その音でようやく電車が来ていたことにさよりは気づいたらしいが、遅い。そもそも俺に手首をしっかりと握られているせいで身動きも自由に取れないだろう。離してやるつもりなどないし。

「終電逃しましたが!?」
「もっと可愛らしく言えねえのか、お前は……帰るぞ」
「……はあい」

観念したらしいさよりはまだ顔を赤くさせたまま、どこか落ち着かないようにそわそわとしたまま、しかし嬉しそうに口元をだらしなく緩めて俺のことを見上げている。ああ、分かりやすい女だなと、微笑ましくなる。惚れた女のことなら何故かどんなことでもよく見えてしまうから、これは呪いみたいなものだ。

「お前がいないと、部屋が広く感じたよ、さよ」
「……?三刀屋さんち、ワンルームだからそもそも狭いっすけど」
「そういうことを言ってるんじゃねえ」

伽藍堂の部屋に。黒猫がひとり戻ってきた。

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