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浮かれたかった春雷

CULTOでのわたしの立ち位置は一言で表してしまえば雑用だ。お茶汲みからコピー取りからライターさんたちの書いた原稿の確認。更新用記事の作成。編集部諸々のアシスタント。とにかく振られた仕事はなんでもこなす。お仕事だから。編集部の人たちが帰ったあともわたしは片付けだとか頼まれた資料をまとめておくとかでひとりで残っていることが多い。いや、厳密にはひとりではないけれど。

「……うぉ、まだ残ってたのか。藍堂」

資料室から出てきたのは、CULTOの編集長である三刀屋さん。三刀屋さんは大きめのデスクで大量の資料を仕分けているわたしを見つけると、驚いたように目を見開く。わたしの側へとやってきて、手元を覗き込むとどんな仕事をしているのかはすぐに分かったらしい。
三刀屋さんは小さくため息をつくと、まだ手をつけていなかった資料の仕分けを黙々と始める。

「み、三刀屋さん?」
「これが終わらないとお前帰れないんだろ?事務所の鍵持ってんの俺なんだから、このままじゃ俺も帰れない」
「あっ、あーっ……すんません。仕事が遅くって!」
「そういう意味じゃねぇよ」

三刀屋さんは呆れたような顔をしてわたしを見る。どういう意味だろうと首を傾げていたら、「早く手を動かせ」と言ってきた。
上司、というよりもこの編集部で一応1番上の立場である三刀屋さんに手伝ってもらうのはなんだか罪悪感がある。申し訳ない。

「……これ、お前の仕事じゃなくて渡瀬の仕事だろ」
「え、なんで知ってんすか?」
「俺があいつに振った仕事だからな、元々」

ほんの少し空気が冷えた……ような気がする。三刀屋さんはわりといつも不機嫌そうな顔というか、怒っているような顔をしているが、今はめちゃくちゃ怒っていると言っても良い。怒ってる。気がする。

「確かに藍堂にはいろんな仕事をさせてるが、別に他のやつの仕事まで残ってやる必要はないんだぞ。つーか、その当人どこ行きやがった。何帰ってやがる」
「わ、わたしに言われても」
「……ああ、まあ。そうか。そうだな、悪い」

三刀屋さんはバツが悪そうな顔をしてテキパキと手を動かしている。三刀屋さんがこんなに働いてくれているのに下っ端のわたしが動かない訳にもいかず、わたしも急いで資料をまとめてホッチキスで止める。
ばちんばちんという業務的な音が鳴り響く事務所で、無駄な会話はひとつもない。小さな居心地の悪さを覚え始めた頃、三刀屋さんが「藍堂」とわたしのことを呼んだ。

「……悪いな」

それは、謝罪である。唐突な上司からの謝罪の言葉にわたしは戸惑う。

「はっ、な、なんで三刀屋さんが謝るんすか!わたしの方が手伝ってもらってすんませんなんすけど」
「うちのやつが学生バイトに仕事押し付けてるなんていい大人が聞いて情けないだろうが。俺の指導が足りなかった」
「いやぁまあわたしも社畜気質溢れる日本人なんで断れないんすよ」
「自分で言うな」

口調はきっぱりと言い切る厳しいものだったが、三刀屋さんの表情はどことなく心配しているようにも見える。
意外だ。三刀屋さんは叱咤激励というか、流れるようなパワハラをして喰らいつかせてくる人だったから、いざこうして親身になってもらうと戸惑う。いいや、こうして残業に付き合ってくれるあまり三刀屋さんが厳しいだけの人ではないというのは勿論分かっているが。

「……藍堂。これ終わったらメシ食いに行くか。奢ってやるから」
「えっ、いいんすか!」
「ああ、何が食いたい?」
「ラーメン!」
「……ああ、分かった」

それまで険しい顔をしていた三刀屋さんが柔らかい雰囲気へと変わっていく。この時の三刀屋さんは、まだわたしにみんとさんの……妹さんの姿を重ねて可愛がるような存在とでも思っていたのだろう。だから心配していたし、あれやこれやと仕事を遅くまで抱え込むことにいい顔をしていなかった。
三刀屋さんの行動はとても早くて。
このあとすぐにわたしの扱いは変わっていくことになる。
三刀屋さんが何かしらしたのだとは思うけれど。振られたことをこなしていく、という雑用的立ち位置は変わっていないが、何でもかんでも押し付けられることはなくなった。

「それにしても三刀屋さぁん」

それでも相変わらず最後まで事務所に残るわたしは、同じように残っている三刀屋さんに視線を向ける。三刀屋さんは片手にスマートフォンを持ちながら記事を書き続けていた。わたしはライターさんたちの原稿の見直しだ。
三刀屋さんは記事を書きながらも「なんだ」と返す。

「いくらなんでもわたしを三刀屋さん専用のアシスタントにするのは職権乱用がすぎません?編集部全員ドン引きっすよ」
「仕方ねぇだろ。片腕ないんだから」

それは確かに。と思うと思ってるのだろうか。職権乱用に決まっているだろう。

「なぁ、さよ」

この人がわたしのことを「藍堂」から「さよ」と呼び方を変えてから、どうやらわたしはみんとさんの代替品ではなくなったらしい。らしい、というのは明確な言葉にしてもらっていないからあくまでわたしの予想という意味で。

「夕飯何が食いたい?奢ってやるから」

その言葉も、今と昔では随分と意味合いが変わってしまった。前までは純粋に奢ってくれるだけという純粋にいい上司だったのに、今では夕飯を食べ終えた後に三刀屋さんの家に連行されるというおまけ付きだ。……ああ、今もいい上司であることには分からないけれど。

「んー……ラーメン!」
「お前好きだなぁ、ラーメン」
「餃子もほしいっす」
「はいはい」

三刀屋さんの考えていることは分からないが、少なくとも、わたしは悪いようにはされていない。今も昔も、わたしは三刀屋さんに大切にされている。

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