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蜂蜜色のフィランソロピー

三刀屋さんが、飴を舐めている。それ自体は別に問題では無い。三刀屋さんだって飴くらい舐めるだろう。問題なのはその量だ。

「さよちゃん、三刀屋さんあれで何個目?」
「さ、さあ……」

編集部の面々にも引かれているくらい飴を舐めて、舐め終えてはすかさず次の飴を舐め始める。それが5個を超えたあたりからわたしは数えるのを止めてしまった。コンビニで買ってきたであろう袋詰めの飴を今日の内に全て食べ尽くしてしまう勢いだ。
わたしに声をかけてきた先輩ライターは「別に禁煙してる訳じゃなさそうなのになあ」と言いながら自分の仕事へと戻っていく。確かに三刀屋さんは禁煙していない、というか、出来なかった。わたしがタバコのにおいや煙を嫌がるものだから、一度禁煙を試みたものの、ストレスが溜まっているのが目に見えて、むしろそっちの方が早死にしてしまいそうだった。わたしが「気にしないから好きに吸ってくれ」と言ってからは普通に吸うようになったのだが、……それとはまた別に、問題はある。タバコのにおいや煙は近づかなければなんとでもなるが、タバコ味のキスはどうにもできない。
生まれて初めてしたキスの味は甘酸っぱいレモンなんてそんなロマンチックなものではなく、めちゃくちゃ苦くて不味いという衝撃的すぎるものだったから、申し訳ないとは思いつつもわたしは三刀屋さんとのキスにあまり積極的にはなれなかった。普通に「やだ」「苦い」「不味い」と断ってしまうこともあったから、おそらく三刀屋さんにとってはそれがショックだったのだろうなあなんて考える。
いつの頃からか、三刀屋さんがわたしとキスをする時はタバコよりも飴の摂取量の方が多い。だからわたしはなんとなく察してしまう。ああ、今日はキスをされる日なんだなあと。しかもあんなに大量に舐めているものだから、たぶん今日は……きっと、とんでもないだろう。やる気に溢れているとでも表現したらいいのだろうか、その表現が正しいのかは分からない。三刀屋さんの表情はいつも通りクールにすかしているくせに、ムッツリだ。
決して嫌という訳では無いが、今夜のことを考えるのが恐ろしくなって。だから、途中から舐め終えた飴玉の数を数えるのを止めてしまった。

「おい、さよ。ちょっとこっち来い」
「は、はあい?」

こういうときは無心で仕事をするのが大事だと、ひたすらに次の仕事で使えそうなネタを探していたわたしは三刀屋さんの声によってまた心を乱される。意識してしまうから正直三刀屋さんの顔を見たくないのだが、仕事だから仕方ない。わたしは何も考えないように三刀屋さんのデスクに向かう。
三刀屋さんはわたしに一枚の紙を差し出して、見せる。内容は、わたしが以前書いた心霊スポットの記事だった。

「お前が書いたこの記事、すごく評判が良かった。コメントの反応も悪くない。もしお前がやれるって言うなら、定期的な連載として企画を立てようと思うんだが、どうだ?ライト層向けの記事になるだろうから、コア系のお前のスタンスに合うかは分からないが……なあ、さよ」

三刀屋さんはどことなく嬉しそうに表情を柔らかくしている。身内贔屓ではなく正当な評価を受けていることにわたしは嬉しくなった。現在進行形で気が狂ったように飴を舐めている事以外はどこに出しても恥ずかしくない良い上司だ。

「わ、わたしの名前で連載って事っすよね?あ、あの、頑張りたいです!」
「わかった、……ああ、勿論サポートはつけてやるから安心しろ。お前、一応バイトだしな。そこまで重たい責任を負わせるつもりはないさ。かといって、甘やかしすぎるつもりもないがな」
「何言ってんだよ、三刀屋。そう言って自分がサポートに入るつもりだろ?ほんっとさよちゃん相手には甘いんだから」
「うるせえ」

言葉とは裏腹に優しげな顔をしている三刀屋さんに編集部の人たちも穏やかな空気を醸し出す。和気藹々としている編集部の様子にわたしも心が弾むようだった。何より、自分の仕事が正当に評価されるのは嬉しい。アナログの雑誌と違い、サイトはアクセス解析でページごとの閲覧数やコメント数が分かりやすく出される。だから、三刀屋さんの「さよ贔屓」ではないとわたしも他の人たちも分かっていて、軽口を叩ける。今にも飛び跳ねそうなわたしの気持ちが三刀屋さんにも伝わっているのか、三刀屋さんは優しい目でわたしを見つめている。

「よく頑張ったなあ、偉いぞ、さよ」
「なんか、真っ直ぐ三刀屋さんに褒められるの……恥ずかしいっすね。嬉しいっすけど。ありがとうございます。わたし、頑張りますから」
「ああ、企画が立ったらびしびし行くからな。まあ、今日は沢山褒めてやるけど」

そして、三刀屋さんはまた口の中に飴を放り込んだ。

「たくさん」

わたしは、一気に嫌な予感がした。これか。頭の中で点と点が繋がるような感覚、こういうのを人はカタルシスを得るとでも云うんだろうか……なんか違う気がする。いけない、まだ決まった訳では無いのに。意識しすぎるのは良くない、勘違いだった時に恥ずかしいのはわたしだ。
三刀屋さんのデスクに身を乗り出して、わたしは三刀屋さんにだけ聞こえるようにこそっと話す。幸いにも、編集部の人たちは自分たちの仕事や次の企画の話で大盛り上がりでこちらを気にしている素振りは無い。

「……あ、あの、三刀屋さん。今日、やけに飴玉舐めてますけど、それってもしかして」
「ああ?沢山褒めて甘やかすのに、苦いだの不味いだのは嫌だろ。俺もお前も」

ひゅ、とわたしは呼吸が詰まる。わたしの様子に三刀屋さんは楽しそうに喉元から笑う。

「期待してるみたいだから頑張らせてもらう」
「期待してませんけど……!?普通に褒めて下さいセクハラ上司……!」

視界の端からチラッと見えた飴玉の袋の中には、いちご味やぶどう味と思われる味だけが大量に残っていた。飴玉を包装していたであろう小さな袋のごみ山は、見ればみかん味やれもん味ばかり。……ああ、この人は、わたしが柑橘系を好きなのを分かってちゃんと選んで舐めていたのかと。知らなくてもいいことを知ってしまった気がする。時刻は午後18時。わたしが連行されるまで、あと一時間と執行はそこまで迫っていた。

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