パルフォン | ナノ

拝啓、先生。之を親愛とす。

さよりは昼は真っ当に大学生として日常生活を営んでいる。好きなことを学んで、好きなことを蓄えて、好きなことを深めていく。専攻は文学。文学に興味がある、と言うよりは、知っていた方が何かと便利だからだ。昔話や日本神話、世界の神話を何の役に立つのかと首を傾げる人間は多々いるが、さよりからしてみればそんなのは「知っていた方が楽しいから」に他ならない。自分の知識の引き出しが増えるのはいい事だ。過去の叡智を予め教えて貰えるなんてそんなのチートに近い。先人たちの教えは、未来の自分の糧になる。なんて、そこまで意識の高いことまでは正直考えていないが、知っていて損にはならない。どうせなら、知っていた方がいい。
たぶんそれは自分だけでなく、三刀屋真司もそうだろう。
たまの休日が被ると、基本的にさよりと三刀屋は読書に勤しむ。共通の趣味のひとつだからだろうか、三刀屋が無言で本を読み始めたところでさよりも同じように無言で本を読み始める。
三刀屋はオカルトの執筆以外にも物書きとして細々と活動しているからか、彼の家には様々な本が置かれていて楽しい。さよりが普段読まないようなジャンルも置かれていて、自分の知識の広がりを感じることができる。

「さよ、お前この前もその本読んでなかったか?」
「よく覚えてますね、三刀屋さん。いや、これ、ちょっと気に入っちゃって」

いつものように三刀屋の家の本棚から本を物色し、狙いを定めるとそれを見ていた三刀屋からすかさず指摘が入る。さよりが手に取ったのはなんて事ない大衆小説。様々な作家による短編の詰め合わせ。確かにこの前の休みもこの本を読んでいたが、三刀屋はどうやらそれを覚えていたらしい。

「個人的に気に入ったので買おうかなぁて思ったんすけど、どこ探しても見当たらないんすよ。三刀屋さんよくこんなお宝みたいな本買いましたね。三刀屋さんがこういう普通の小説買う時の基準ってなんすか?適当にバッと手に取ったやつとか?」
「あー、まあ、そういうこともある」
「じゃあこれは?」
「それは人からの貰いもん」
「へぇー、趣味のいい人っすね!気が合いそう」
「は?何堂々と浮気宣言してんだお前は」
「何でもかんでも浮気に結び付けないでください、良い友達になれるかもって意味も含めてますってば」

目の据わっている三刀屋に苦笑しながら、さよりはページを捲る。続きものでは無い短編のいい所は、好きな話を好きな時に読めるということだ。この短編集の中でも、さよりには特段お気に入りの話があった。
ホラーのような、ミステリーのような、まるで怪異を追っている時のような少し不思議な話だ。淡白な文章なのだが、どことなく人間味があって、惹かれる。直感的に、自分はこの文章が好きだなぁなんて思う。
食い入るように文章を目で追うさよりの様子を三刀屋は横から覗き込み、何故か苦い顔をする。

「……お前、よりによってなんでその話」
「?好きだからっすよ。この本、ひと通り読みましたけど、この人の話が1番読みやすくて親近感があって好きっす。作家名、聞いたことないんすけど……これしか書いたことないんすかねぇ、この人」
「まあ、その本の短編は……処女作が多いからな。この本がデビューになって、そのまま消えていったやつもいるだろうけど」
「けど?」
「さよが好きっつってるその作家の本なら、あるぞ。ペンネームが変わってんだよ」
「えっ、そうなんすかっ?」

さよりがきらきらと瞳を輝かせるのを、三刀屋はなんとも言えない表情で見つめ返す。少しバツが悪そうな、照れているような、勘弁してくれとでも言うような、どこか居心地の悪そうな顔。少しだけ、言ったことを後悔しているようにも見える。

「……ほら、これだ。というか、この列だな」

そして三刀屋が本棚から取り出したのは、本棚の中でも一番下の段の、まるで隠されているように収納されている一冊の本だった。列、ということは、この1冊以外にもこの作家の本があるということだろう。その事実にさよりは嬉しくなる……よりも、戸惑いの方が大きくなった。一番下の段に入っている本が誰の本なのか、さよりは既に知っている。

「これ、三刀屋さんの本っすけど」

三刀屋の持つ本には三刀屋真司という本名ではないが、彼の物書きとしての名前が綴られている。彼が細々と食い繋いでいく為の副業の名前を差し出され、さよりは戸惑うが、彼女は阿呆ではなかった。直ぐにひとつの可能性に気がついて、楽しいような恥ずかしいような驚いたような気持ちになる。

「もしかしてこの短編集のこの話!三刀屋さんの処女作っすか!?」

最初は愉悦を覚えたものの、すぐに自分の発言を思い出して恥ずかしさが勝っていく。好きだから。親近感があるから。手放しの賛美の言葉を、あろうことかその作家本人の前で、三刀屋本人の前で放ってしまった。これは絶対に弄られるーーとさよりは警戒するが、思ったような反応は三刀屋からは返ってこない。どうやら、三刀屋自身も揶揄うよりも恥ずかしさの方が勝っているらしい。

「なんであんたも恥ずかしそうにしてるんすか!?いっそからかってくれた方がわたしも救われますが!」
「いや、さすがに……初めて本になった自分の話をまさか手放しで褒められると普通に恥ずかしいだろ。はぁ、改めて見るとここの文章とか書き直してぇ。稚拙だ。今の俺の方がもっといい表現ができる、いい話が書ける」
「過去の自分に張り合うんじゃないですよ、わたしはこっちの文章好きなんすからね!」
「あ?今の俺の文章も好きだろうが」
「自意識過剰だなあんた!実際三刀屋さんの文章は好きだから否定ができないっすけど!」

三刀屋はどこか恥ずかしそうな表情で、さよりから顔を逸らす。照れ隠しのようにさよりの頭をぐしゃぐしゃと撫で回すのが分かりやすい。
三刀屋もさよりも読書家だ。本が好きだ。ジャンルは問わない。オカルトだけではない。しかしさよりに関して言えば、確かにオカルトに通じるものばかりを摂取していたように思う。そも、様々な本を読むようになったのは三刀屋との関わりが深くなってからだ。こうして物書きとしての三刀屋の文章を読めるのも、とても特別のことのような気がした。
初めてCULTOの記事を読んだ時も、すとんと自分の中に落ちてくるような文章が好きだなぁと思ったのを覚えている。確かあれも、三刀屋が書いたものだった気がする。

「……ねぇ。三刀屋さぁん」
「何だよ」
「この本ってもうどこにも売ってないですか?」
「売上悪かったらしいからなぁ、……別に欲しいならそれをやるがどうする?」
「いや、いいっすよ、三刀屋さんが出版社から貰ったってことでしょ、これ。三刀屋さんの家にいれば好きな時に読めますし……」

それに、と続けようとして、さよりは黙る。

「いや、やっぱり、なんでも」

危うく、本がなくても三刀屋さんが居ればそれで十分だなんて可愛らしいことを言ってしまうところだった。キャラではない。自分らしくない。しかし、三刀屋の文章よりも三刀屋自身に好意を持っていることは事実だから、口にしてしまえば否定の言葉は意味を成さない。嘘でも良くない。
不思議そうにしている三刀屋に首を横に振り続け、さよりは言葉や文字に宿る力を恨めしく思う。

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