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愛されたくて内臓が引きちぎれる

なんでもない夜の日。三刀屋さんのマンションで地上波で流れる映画をなんとなく流し見していると、何やら隣から視線を感じる。三刀屋さんが先ほどから難しい顔をしながらじいとわたしの方を見てくる。目を凝らしているせいか、お世辞にも良いとは言えない目つきは更に鋭くなり、やましいことなど何もないはずなのになんだか責められているような気持ちになってくる。なんだなんだと思って時折三刀屋さんの方に視線を向けると、なんにもない、まるで俺はさよのことなんか見ていないが?とでも言いたげに下手くそに視線を逸らす。本当になんなんだ。以前から三刀屋さんは言葉足らずな人だが、どうやら付き合ってもそれは変わらないらしい。

「あの、三刀屋さん。さっきからなんすか?」
「……いや、別になんでも」
「なんでもないのに見つめてきてるんすか?わたしのこと大好きじゃないっすか」

三刀屋さんが先ほどから熱烈な視線を送ってきているのは分かっているんだぞと暗に伝える。呆れたような表情をわたしが浮かべていると、三刀屋さんはバツが悪そうにそっぽを向いて舌を打った。

「……さよ、ちょっと寄れ」
「寄れ?えっこれ以上?」

既にソファに隣り合って座っているというのに、もっと寄ってこいとはどういうことだ。ちゃんと言葉にして伝えてくれるのはいいが、それでもやはり言葉が足りない。戸惑いつつもわたしは三刀屋さんの肩に自分の肩をくっつけるようにして、身を寄せる。三刀屋さんの表情が少し柔らかくなった、気がする。

「さよ」

少し心細そうな声で三刀屋さんはわたしの名を呼ぶ。そんなダンボールの中に放置された挙げ句雨に濡れた犬や猫のような声を出さなくてもいいじゃないか。わたしがそういうに弱いことを分かっているのだとしたらタチが悪い。

「……何か嫌なことありました?」
「いいや、なにも」

何も、という割には三刀屋さんはどこか暗い顔をしたままわたしの肩に右腕を回してくる。
三刀屋さんの右手がわたしの右肩を掴んだと思ったら、そのまま三刀屋さんの胸元まで抱き寄せられた。三刀屋さんの控えめかつ大胆な行動にわたしは始めキョトンとしてしまってなんの反応も出来なかったが、数秒後の沈黙の後にはっと我に返る。

「えっ、何すかこれ!?」
「うわ、なんだよ」

反応が遅れた分、わたしはやや大袈裟に三刀屋さんを見上げた。あまりの勢いのよさに三刀屋さんも驚いたらしいが、なんだよはこちらの台詞だ。

「急に抱きしめてきたから驚いてるんすよ!そういう話の流れでした今!?」
「……抱きしめたってちゃんと分かるか」
「そりゃ分かりますが!?そこまで鈍感じゃないっすよ!」

三刀屋さんの嬉しそうな声に共鳴するように、彼の顔はやけに優しいものへと変化していった。悲しそうな、優しい顔だ。大人のくせに、少しつついたら泣いてしまいそうな子供の印象を受ける。そんな三刀屋さんの表情に、わたしはきゅうと心臓が締め付けられるようだった。

「……三刀屋さん、もしかしてまた面倒くさくて難しいことでも考えてました?」
「そうだな。願っても叶わない夢を浮かべてた。いいや、夢っつーか……ここまでくると妄想なんだろうな。腕がもう一本あれば、さよをちゃんと抱きしめられる」
「これだって、今だって、ちゃんと抱きしめてるでしょうが。わたしは今、三刀屋さんに、抱擁されています!めっちゃ恥ずかしい」

片腕とはいえ、男性の腕力だ。力強く身を捕らえられると、そう簡単とは抜け出せないし、改めて抱きしめられているのだと自覚すると恥ずかしさがふつふつと込み上げてくる。感情が沸騰するようだ。そんな恥ずかしさや照れを隠すように、わたしは少しのゆとりを見つけて、体勢を変える。三刀屋さんの胸元にお行儀良く揃えられていた両手は、すっと三刀屋さん首元まで伸びていく。
わたしは、まるでやり返すように三刀屋さんの首元に腕を回して、三刀屋さんのことを抱きしめた。
飼い猫とは違う人間の体温と三刀屋さんの匂いをすぐ側に感じて、これはこれでわたしが恥ずかしいのではと思った。わたしがこれまでまともに抱きしめてきた存在は飼い猫くらいしかいない。人間の抱きしめ方がこれでいいのか分からない。

「さよ?」
「三刀屋さんが抱きしめられない分、わたしが三刀屋さんのことを両手で抱きしめてあげますよ。なんて。わたしがそう言ったところで三刀屋さんは納得しないし、喜ばないでしょう。自分が出来なきゃ意味ないっすもんね。だから、わたしは三刀屋さんを慰めないし、三刀屋さんがそういう面倒くさいことを考える度に付き合ってあげますよ。咄嗟に行動されるとびっくりするからちゃんと先になんか言ってくれとは思いますけど」

ケセラセラと笑いながら、わたしは三刀屋さんと目線を合わせる。三刀屋さんは驚いたように目を見開いた後で、わたしと同じように笑う。誰が面倒くさいんだと喉元で笑いながら、三刀屋さんはわたしの右肩に添えていた手のひらを背中へと下ろした。

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