FNAF | ナノ

サンタマリアは救えない

ここ最近、酷い悪夢を見るんだ。
そう言って笑った電話男さんの表情はどこか憂いを帯びていた。
笑っているのに、笑っていない……、瞳はどこか虚ろで光がなく、声が発せられると共に漏れる息は疲れ切っていて、何かに怯えているかのように身を震わせる。とても冗談を言っているようには見えなかった。

「ねえ、大丈夫?無理をしているんじゃないの?」
「ん、ああ……、働きすぎ、かなあ?ははっ」

神経質っぽい笑い方は、一見いつも通りにも見えたが、やはりどこか疲れている。まじまじと見ていれば、目の下にうっすらと隈が出来ているのにも気がついた。眠れていないのか。眠れていたとしても、悪夢を見て魘されては目を覚ましての繰り返しなのか。とても睡眠が休息と呼べる環境ではなさそうだ。
私に何か出来ることはないかと考えたところで、彼は何も言わない。大丈夫だからとしか言わない。
けれど。ひとつだけ。
ただ、手を握っていてくれという。
ただ、側にいてほしいという。
電話男さんは今も私の右手を自分の左手で強く握りしめながら、何も言わずに空中を見つめている。

「お休み、もらったら?忙しい時期なのは分かるけれど」
「ああ。なあ。大体、おかしいだろう?長年放置していた旧店舗で営業再開、なんてさ。あそこ、どこだと思う?あんなに児童行方不明事件がどうだこうだって騒いでた店だぜ?いくら資金不足だからって、あんな、悪夢を見そうな場所で。……マスコミだって黙っちゃいないだろ」

そこで、彼の言葉は一旦止まる。
空中を見つめて、視線の定まらなかった彼の視線が私の方を向いたかと思えば、その表情はどこか申し訳なさそうだ。

「あっ……、すまん。君のことを悪く言う訳じゃないんだ、……記者女さん」

なるほど。マスコミ。
かつて問題の起きた曰く付きの店舗での営業再開など、地元のマスコミにとっては恰好のネタだ。おそらくうちの新聞社も、……いいや、以前からFF社の記事を書いてきた私も、今回の事を記事にするだろう。
彼の心労は知人として心配するし、協力出来ることはしたいが。それとこれとは話が別だ。私も、仕事をしなければ生きていけない。仕事が生きがいのような人間である電話男さんにだって、それは伝わっているのだろう。それも含めての、「私に出来ることない」だとすれば、申し訳ないとは思えども致し方ないとしか結論が出せない。

「……気休めでしかないでしょうけど、大丈夫よ。私は、少なくとも私は、過去の事件を掘り返したような宣伝はしないわ。あなたの店のピザって、……すっごく不味いけれど、カップケーキは美味しいし、人形たちは可愛いわ。私は別に、FF社が嫌いなだけで、あなたの店が嫌いな訳じゃない。悪名を広めるのは、私だって不本意よ」
「その記事って、売れるのか?ていうか、通る?」
「そうねえ、どうかしら。まあ、営業再開早々、経営不振っていうくらいの皮肉は書くかもしれないわね」
「それは……、君の大好きな真実だなあ。事実すぎて返す言葉もない」

FF社にとって、FF'sPizzaにとって、過去に起きた事件はかなりの痛手だ。一度起きてしまった不祥事に対しての信頼の回復は非常に難しいし、改めて店を開けば過去について問われる。店の責任を課せられる立場のひとりである彼からすれば、胃の痛い話だ。
その過去を問わなければならない立場の私が言えることは、やはり何もないのだ。

「大丈夫よ、大丈夫。嫌なことがあったら私に言って?愚痴くらいならいくらでも付き合うし、全部受け止めてあげるわ」
「じゃあ今、全部受け止めてくれるかい?」
「ええ、何?何でも聞くわ」
「いいや、聞かなくていいんだ。こうしてくれるだけでいい」

すると、今まで彼に握りしめられているだけだった私の手が、いきなり引っ張られた。
想像以上に強い力で引っ張られ、バランスを崩した私の体は彼の方へと倒れ込む。私の頭が彼の胸に預けられていると理解した時には、既に彼の腕が私の背中に回っていた。逃げる隙など与えられないように、電話男さんは私を抱き留めている。
私は逃げるつもりなどこれっぽっちもないというのに。僅かに震えている手や腕は、必死に「逃げないでほしい」、「離れないでほしい」と言葉よりも素直に語っていた。

「今でさえ夢見が悪いってのに。営業再開したら、どうなるか……」
「いよいよ退職でもする?」
「退職か。それもいいね。そろそろ、潮時なのかも」
「ちょっと。冗談よ。本気にして、落ち込まないで頂戴」
「ああ、安心してくれ。君に迷惑はかけない。一生懸命働くよ」
「いや、あの、……無理はしないで。本気で辞めたかったら、辞めていいわ。再就職のアテなら、私の私の仕事関係からいくらでも見つけてこれるし……、あなたも貯金くらいあるんでしょう?生きていくだけなら、意外となんとかなるものよ」

私が考えているよりも、あるいは、彼自身が考えているよりも、彼はずっと思い詰めているようだった。
私は慌てて無我夢中に言葉をかけていたが、それが効果的であるかは分からない。
ただ、彼は何も言わなかった。何も言わなくなった。何も言わなくなった代わりに、しばしの沈黙の後、クックッと小さく笑い声を落とす。
「ねえ、どうしたの電話男さん?」
「ああ……、いいね、記者女さん」

私は彼に抱きしめられながら隙間をくぐり、顔を見上げる。
視界に入り込んだ彼の表情は、私が想像していたものよりもずっと穏やかなものだった。彼は、静かに、穏やかに、ただ、微笑んでいる。

「君は聖女のような人だな。もしくは女神様だ。俺にとって、唯一の光のようなものだな」
「ち、ちょっと……やめて」
「何で?恥ずかしいのか?」
「当たり前でしょう、むしろよくそんな歯が浮くような恥ずかしい台詞を吐けるわね」
「本気でそう思っているからだよ。俺は神様なんて信じてないし感謝もしていないけれど、君は信じているし、感謝している」

今まで虚ろだと思っていた彼の瞳が、いつもより色濃くなり、いつの間にか光を宿らせていた。
ああ、やはり彼は疲れているようだ。
ブラック企業から救い上げられる事を望んでいる。
彼はきっと、本気で悪夢を見ていて、本気で救いを求めている。

「私も、……普段は神様なんて信じていないけれど、貴方と出会えたことはまあまあ感謝しているのよ。人間でも少しは素敵な人がいるって教えてくれた神様に少しは感謝してもいいかも、なんて」
「かも?ふうん、酷いな。良かったと断言してくれないのかい?」
「……よ、よかった。えっと、貴方と会えて」
「うん、俺もだよ」

電話男さんの腕が、私の背中から離れたのを感じる。心地よい温もりとなっていたそれが離れると、冷たい空気が体温を冷ましていく。
離れた手は、そのまま私の頭上へと運ばれた。最初、私の頭を撫でているだけだった手は、ぐっと力が入るや否や、私の頭は再び彼の胸に預けられる形となった。
視界が一気に狭くなり、暗くなる。
まるで、目隠しでもされているような気分だった。

「なあ。もし君が嫌じゃなければ、今日一緒に寝てくれないか?君を抱きしめて寝ていたいな、君が「ここ」に居てくれたら、きっと悪夢なんて見ないと思うから。駄目かい?子供みたいって笑っちゃう?」
「いいえ、笑わないわよ」
「君はいい子だな」
「だから、やめて。いい子、なんて年齢じゃないわ」

私は彼に身を預けた体勢のまま、耳を澄ます。
とても穏やかな心臓の音が私の耳に伝わってきた。
視界は真っ暗。頼りになるのは視覚以外。
すぐ頭上にある彼の吐息は私に何を伝えたいのだろうか。
救いを求められているのは分かる。
ただ、その救いの果ては?結末とは?
彼は一体、どこに落ち着くことを望んでいるのだろうか。

「なあ、ヴェスナ」
「ええ、なあに、電話男さん」
「……俺の名前を呼んでくれるかい?」

私を引き寄せる力が強まったのを感じる。
顔を上げれば、こちらを真っ直ぐ見つめている彼と目が合った。

「━━━」

私は、お望み通りに彼の名前を読んだ。
いつものような「電話男さん」という愛称ではなく、彼の名前をだ。彼が彼の親から与えられた、彼の記号を、声に、音に乗せて、発する。
彼は嬉しそうに瞳を細めると、再び私を抱きしめた。

「ありがとう、ヴェスナ。愛しているよ」

愛している。……なんて、安っぽいけれど重い言葉だろう。
軽々しく口に出来るくせに、その中身は決して軽いものではない。

「ねえ、電話男さん」
「ああ、なあに、記者女さん」
「私も貴方を愛しているわよ」
「……」
「だから、貴方が落ちる時は私も一緒に落ちる所まで落ちてあげる」
「……」

私の言葉に沈黙する彼の表情を見ることは叶わない。私の視界は真っ暗なままだった。
彼は私の頭を優しく……、まるで、壊れ物でも扱うように撫でながら、黙った。何も言わずに沈黙を守り続ける。
壁に掛けられた時計の針が進む音だけが、辛うじて静寂を破っている。

「記者女さん」

彼の口が開き、再び言葉が漏れる時、紡がれたのは私の愛称だった。

「君には無理だよ。……俺が落としたりなんてしないから」

その声が若干震えているように聞こえたのは、きっと気のせいではない。
もしも私が彼からの拘束を逃れ、彼のことを抱きしめ返してあげられたのなら……彼は震える理由を少しは軽くすることができただろうか。身動きの自由が取れない中で私は、そんな事をぼんやりと考えていた。

サンタマリアは救えない
(貴方の体温はとても心地良い温もりなのに)
(貴方の体温はとても夢が見れたものではない)

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